今日は贅沢マンゴーで

 子どもたちは強くて大きなものが好きだったりする。そして、新しいものもわりと好きだ。つまり、最近桜崎グランフォレストタワーに引っ越してきた、仁科貴臣という強そうで大きい男は子どもたちの憧れになったわけだ。
 しかも、この男の隣にはだいたいいつもお姫さまみたいな雰囲気の女性がいる。ふわふわしてて、おっとりてしてて、のんびりした話し言葉でいい匂いがする女性なのだ。子どもたちは男と女の名前が、仁科貴臣と神鳥美鶴だと知る前から、ひっそりと話題にしていた。
 最初こそ、表情の変わらない筋肉ムキムキの大きな男におっかなびっくりした態度をしていた子どもも、商店街の初夏のイベントや七夕祭りなどの手伝いをしているふたりを見てからは、すれ違えば挨拶をしたり、話しかけたりするようになっていた。そんな子どもたちは幼稚園児から高校生まで幅広く存在する。
 女の子は美鶴のようなお姫さまになりたい、と美鶴本人に直接話しかける子どももいた。美鶴はお勉強と礼儀作法はちゃんとしたほうがいいよ、とアドバイスしていた。男の子は仁科のように大きくなりたいと、本人に話していた。仁科はゆっくりと言い聞かせるように食事と運動、勉強も大事だと話していた。

 ……閑話休題。
 夏も盛り、暑い日の連続している。セミも鳴かないほどの暑い日が続く日は、アイスクリームとクレープを売る個人店・リュミットに長蛇の列ができていた。喫茶店・レトロ館もかき氷目当ての客が多い。
 副島咲はリュミットで買ったばかりの、カップに入ったベリーとミルクのアイスクリームとワッフルを、隣の空き店舗を改装した多目的フリーラウンジ・ココトコで撮影していた。何枚か写真を撮って、彼女はスマートフォンの加工アプリでフィルターをかける。
 ふっ、とアイスクリームではない、ほのかに漂ういい香りに咲が顔を上げると、美鶴と仁科が歩いているのが見えた。思わず咲は手を振ってふたりの名前を呼ぶ。
 呼ばれた美鶴と仁科は、仁科のほうが早く気が付き、美鶴に咲が呼んだことを報告している。咲を見た美鶴は、仁科を連れて彼女の向かいの席に腰を下ろす。

「副島さん、こんにちは。おいしそうね、そのアイスクリーム」
「美鶴さんと仁科さん、こんにちは! もー暑くって! バイト終わったから、アイス食べてから帰ろっかなって」
「ふふ、いいと思います。とっても暑いもの。それに、こんなに暑いのにお仕事頑張ったんだもの、ご褒美があってもいいと思うな」
「えへへ、美鶴さん分かってる!」

 咲は嬉しそうに笑いながら、今月の季節限定も気になってたんですよね、と口を開く。どんなアイスクリームなのか美鶴が尋ねると、咲は贅沢マンゴーって書いてあったんですよね、と答えてくれる。

「でも、あたし今ワッフルも食べたくて……マンゴーにワッフルつけると、ちょっと予算オーバーだったんだよね……」
「あら……」
「でも、今度はちゃんとお財布確認してから買いにくるんで! 待ってろマンゴー! って感じ?」
「ふふ。楽しみが増えちゃったね」
「そうなんですよ! もー、暑いと冷たいものばっかり食べたくなっちゃって! 季節限定のアイスクリームとか、シャーベットとか、目移りしちゃって」
「わかるかも。旬の食材を使ったデザートって、とってもおいしいもの」
「だよねだよね! 美鶴さん、この時期だと何食べる?」
「え? この時期かあ……スイカもおいしいし、桃もおいしいし……いちじくも好きだなぁ……」
「いちじくかぁ……」

 咲はいちじくはおばあちゃんが好きなんだよね、と教えてくれる。昔、夜に電気もつけずに台所で食べてるの見たことがある、と続いた言葉に、美鶴は夜に電気もつけずに、と驚く。

「真っ暗な台所で咀嚼音だけがするから、あたしもーびっくりしちゃって! お茶飲みにきたのに、怖くなっちゃって部屋に帰ったんだよね、そのとき」
「それはびっくりしちゃうかも。貴臣さんもそういう経験、ある?」
「……ないですね」
「そっかあ。わたしもそういうびっくり体験はないかも……」
「ない方がいいって。本当にあれ、ホラー映画も真っ青だったし」

 ワッフルの上にベリーミルクのアイスクリームを乗せながら咲は、そういえば、と口を開く。いちじくって皮剥いて食べる以外にもあるの、と尋ねてくる。そのままクリームチーズと合わせてもおいしいけど、と美鶴は口を開いてから、ジャムにしたりコンポートにして家ではよく出てきた、と教える。クリームチーズ、と咲が復唱すると、砕いたナッツも添えるとおいしいの、と美鶴はにこにこと答える。

「いちじくをね、半分に切るでしょう。切ったいちじくにクリームチーズと砕いたナッツを乗せるの。はちみつをその上からかけても美味しいけど、なくてもおいしいのよ」
「へえー。なんかシンプルだけど、インスタ映えしそう! ありがと、美鶴さん。いちじく買って試してみる!」
「ぜひ試してみてね」
「ありがとー! おばあちゃんも喜んでくれそう! あ、ごめん。美鶴さんと仁科さんも引き留めちゃった……」
「ふふ、気にしないで。わたしたちも、リュミットでアイス食べようって話をしていたの」
「あ、そうだったんだ! じゃあ、マンゴーおすすめしとこ! あ、でも、こないだ限定のレモンシャーベット食べたけど、さっぱりしてておいしかったよ」
「シャーベットもいいなあ……どっちも食べたいから、貴臣さんと半分こしようかな」
「いいなー。あたしも今度弟と来て、半分もらおうかな」

 カップアイスとワッフルを食べ終わった咲は、花咲屋さんでいちじく見てから帰る、と言うとリュミット前のゴミ箱にカップとプラスチックスプーンを捨てに行く。ばいばーい、と手を振る彼女に、美鶴は手を振って、仁科は会釈をする。そのまま美鶴は羽織っていたカーディガンを椅子の背もたれにかけると、貴臣さんはマンゴーでもいい、と首を傾げて尋ねる。

「わたし、レモンシャーベット食べたいから……」
「かまいません。半分、差し上げます」
「えへへ、嬉しいな。わたしのシャーベットも半分あげるね」
「恐縮です」
「それじゃあ、買いに行こう。食べ終わったら、いちじくも、ね」
「承知しました」

 ふたりは立ち上がり、リュミットの注文口に向かう。年若い頭にバンダナを巻いた男性店主が、こんちわ、と元気に声をかけてくる。美鶴はこんにちは、と返事をして、レモンシャーベットと贅沢マンゴーをひとつずつ注文する。注文を受けて、店主はカップにレモンシャーベットとマンゴーをそれぞれアイスクリームディッシャーで掬う。カップにそれぞれ入ったシャーベットとマンゴーの果汁を使っているアイスクリームに、輪切りの蜂蜜漬けにされたレモンと、マンゴーの果肉が乗せられていく。
 輪切りの蜂蜜漬けレモンが添えられたシャーベットのカップと、マンゴーの果肉がたっぷり乗せられたアイスクリームのカップがそれぞれ渡される。美鶴がカップを受け取り、セルフサービスのスプーンをふたつ取る。その間に仁科が財布からお金を出して、釣り銭受けにお札を二枚置く。店主はアイスクリームを渡すと、お金を確認してお釣りを仁科に手渡す。
 財布をジャケットの内ポケットにしまった仁科は、美鶴からマンゴーがたっぷりと乗ったカップとスプーンを受け取る。美鶴が店主にありがとう、とお礼を言うと、店主は暑いから美鶴さんたちも気をつけてね、と返事をする。すぐに別の客が並び出したので、美鶴と仁科は確保していたココトコの席に戻る。
 席に腰掛け、美鶴はシャーベットにスプーンを差し込む。一口分掬うと、美鶴は仁科の口元に運ぶ。

「あーん」
「……」
「おいしい?」
「ええ、とても美味しいです。レモンのさっぱりとした酸味と、氷の冷たさ。蜂蜜のあまさが心地よいですね」
「ふふ、素敵な食レポ。コンメーターもびっくりしちゃいそう」
「そうですか。……美鶴様、こちらもどうぞ」
「ん。……ふふ、マンゴーの果肉と、アイスってこんなに美味しいんだ……甘くて、濃厚で……もう一口食べたくなっちゃう……」
「どうぞ」
「じゃあ、遠慮なく」

 仁科がもうひと掬いしたマンゴーの果肉とアイスクリームを、美鶴は小さな口を開いて食べる。おいしい、とニコニコしている彼女を見ながら、仁科はそれはよかったです、と言ってから一口自分の口に運ぶ。先ほどのレモンシャーベットとは違う、濃厚な甘さを舌で味わう。味や食感にそこまで好き嫌いのない仁科だが、茹だるように暑い夏の日はシャーベットのような氷菓のほうがいいと思うのだった。

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