スノウホリデーとストーブの話

 しゅんしゅん、とヤカンから音がする。どうやら、お湯が沸いたようだ。しかし、それを聞いて誰かが火を止めることはない。火は小さく、すぐに火災になりそうな規模ではないのもあるのだろう。
 この家に住む二人の大男――ヴォルフガングとマクシミリアンは、二人揃って今外で雪を屋根から下ろしている最中だった。金髪の大男、ヴォルフガングは一通り屋根から雪をスコップでどんどこ落としていって、体を芯から冷やしていた。紫がかった黒髪の大男、マクシミリアンはヴォルフガングが屋根から落とした雪を融雪用の池に放り込んでいた。屋根に積もった大量の雪を池に放り込んでいく過程で、どんどん池は雪を飲み込んで溶かしていく。雪がぐしゃぐしゃに溶けていくのを見ながら、マクシミリアンは一度振り返って屋根を見上げる。屋根の雪はあらかた落としたから、もう大丈夫だろう。
 先に仕事を終えて家に入っていたはずのヴォルフガングが、玄関から出てくるのを見たマクシミリアンは驚いたように声をかける。

「おい、どこ行くんだ」
「どこもクソも、ケイタんちに行ってやるんだよ。あんなひょろっちい腕と妹じゃ、雪かきもできねえだろ」
「あー……そうか。それもそうだな」
「あ、ヤカンの火は消しておいたからな」
「おう、それは助かる……ついでに俺も行くか」
「お、マクシミリアンが行くなら、キーリスも連れていくか」

 雪の中でも散歩しねえとな。そういうと、ヴォルフガングは一度家に戻る。少し待てば、キーリスと呼ばれた三つの首を持つポメラニアンのような小型犬をつれて出てくる。首輪に紐をつけられたキーリスは、一面の銀世界にぴょいんと飛び込む。ふわふわの短い毛が、あっという間に雪まみれになっていくのを見ながら、ヴォルフガングは埋もれて動けないのに楽しそうにしているキーリスを抱える。
 やだやだまだ雪で遊ぶんだ、と言わんばかりに三つの首をぶんぶん振り回して暴れる子犬をよそに、彼はマクシミリアンと共に圭太とその妹・鈴の住む小さな小屋に向かう。しばらくも歩けば、雪に埋もれそうな小屋が見えてくる。屋根の上に人影が見える。不格好に大きなスコップで雪を落としているのは、おそらく圭太だろう。
 ヴォルフガングが圭太に向かって声を上げると、驚いた彼は尻餅をついてしまう。その様子に呆れながら、ヴォルフガングは立てかけてあった梯子を登って屋根に向かう。その間にマクシミリアンは融雪用の池を探すことにする。サンハ=ユアニルの街周辺には、人工的に作られた融雪用の池や道が多くあるのだ。
 マクシミリアンが雪の壁に阻まれた池までの道を開けている間に、ヴォルフガングがひょいひょいと屋根から雪をかき落としていく。

「慣れてますね……」
「まあな。ずっとここで過ごしているわけだしな。慣れてねえほうがおかしいだろ」
「それもそうですよね。でも助かりました。こっちにくるまで、こんな大雪に出会ったことがなくて……」
「そうなのか? ここいらじゃこんな雪の量はわりと普通だぞ」
「ええ!?」
「冬の間は毎日雪かきだな。屋根から落とした雪は、あそこの池に運び入れて溶かしていくからな」

 あそこまでの道も確保しておけよ、と言ったヴォルフガングに、圭太は重労働ですね、と苦笑いする。運動不足とは無縁の生活ができてよかったじゃねえか、と笑うヴォルフガングは、屋根から梯子をつたって降りる。圭太も続いて降りると、屋根から落とした雪を、雪に埋もれてしまっていた一輪車に引っ張り出しながら二人は池に運んでいく。マクシミリアンが魔導具で溶かした雪のおかげで、比較的進みやすい道だった。
 雪を池に捨ててから、圭太はふたりがどうして家に来たのか尋ねる。家が潰れてないか確認に来た、とあっけらかんというヴォルフガングに、マクシミリアンが慣れてないだろうから様子を見にきたんだよ、と付け加える。その言葉が心強く、圭太は顔中に安心したという表情を浮かべる。

「こんなに大雪だなんて知らなかったので、来てくれて助かりました」
「だろ? これで家が潰れていたりしたら、笑い話にもならねえからな」
「春になったら死体が見つかった、なんていうのは流石にな」
「うっ……でも、これだけの雪だと、毎日雪かきしないと、家が押し潰されても不思議じゃないですよね」
「年に一件ぐらい潰れてるよな」
「だな」

 家が潰れている、というヴォルフガングの言葉に、圭太は怖そうな表情をして、毎日雪かきしないとだめですね、と考え込む。そんな彼の様子に、ヴォルフガングは潰れたら家は建て直してやるよ、と笑う。からからと笑っているヴォルフガングに、圭太は潰れない心配をしてくださいよぉ、と泣きつくのだった。

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