「あれ、サロセイルじゃん」
サロセイルは聞き覚えのある声に足を止めた。振り返ると、そこにいたのは黒髪の青年だった。長いロングコートを着ていて、首に一匹の蛇がまきついたようなタトゥーをいれているのが個性的だが、顔立ちは整っているが故に没個性的な雰囲気すらある、黒い髪の青年だ。そんな彼に、懐かしい顔だね、と笑いながらサロセイルは声をかける。
「そんなこと言っちゃってさぁ。ちゃんと僕のこと覚えてるわけ?」
「忘れるものか。バルトサールくんだろう?」
「そうそう。バルトサール・デルウィンイェル・カールステッドくんです」
覚えててえらーい、ときゃらきゃら笑う彼に、サロセイルはまだこの星にいられたんだね、と笑っている。
そういうのも、バルトサール・デルウィンイェル・カールステッドは、今サロセイルが滞在している惑星内――惑星の外にも名は知られているのだが、知る人ぞ知る有名人だかだ。それも、悪い意味での有名人だ。
というのも、彼の手癖の悪さもあるのだが、そこから派生して、非常に精巧で本物そっくりの贋作を作ることに長けているのだ。彼自身、そのことを誇りに思っている節があり、フリーランスで活動している。そして、彼を捉えようとする組織と、彼を利用しようとする組織が小競り合いを繰り広げているものだから、彼自身はある種の治外法権のような状態なのだ。
そんな彼がのうのうとお天道様の下を歩いているのだから、世も末だな、とどうでもいいことを思いながら、サロセイルは何か売りつけようって言うのかい、と笑って尋ねる。ひっどぉい、ときゃらきゃら笑いながら、バルトサールはいつ僕が売りつけたって言うのさ、と頬を膨らませている。
「お金には困ったことがないからさぁ、僕」
「それはそうだろうねえ」
「まあ、ちょっとアッシュのやつに頼まれ事をしてさ」
「へえ、遺跡大好きな彼が君に?」
「展示用にレプリカが必要なんだってさ」
別に僕だって、いつもいつも悪いことばっかりしているわけじゃないってこと。
そう嘯きながら、バルトサールはふんふーんと鼻歌を歌いながらサロセイルについてくる。二人の共通の知人の一人である、アッシュ・ジークヴァルド・ルクスペインは遺跡発掘・調査を生業とする男だ。精悍な顔立ちに高い身長で、男女問わず人気が高い研究家だ。そして、遺跡が大好きな彼としては、自分の手元に遺跡のかけらを置いておきたいらしく――研究のためだろうけれど、そのためにしばしばバルトサールに博物館での展示用のレプリカ制作を依頼しているのだ。
サロセイルがこっちまで来るなんて珍しいじゃん、とバルトサールは首をかしげる。地球人の平均身長ぐらいの彼は、ひとの形をとっているサロセイルよりやや背が低いから、覗き込むように見上げてくる。
「いっつも太陽系とか、天の川銀河のほうじゃん? こっちまで来るの珍しいなって」
「わたしからすれば、やっと解放された未開の土地だからね。あちら側は」
「はー、これだから長命種族は。やっと、って言ったって、僕らからすれば歴史の授業で載ったぐらいには前だよ」
アッシュもだけど、サロセイルも大概長命種族あるある言ってくるよね。そういうと、バルトサールは人を食ったように笑うと、ひょい、と近くの路地に入り込む。おや、とサロセイルが思うよりも早く、ぱあん、と彼の頭部がはじけ飛ぶ。
欠損した頭蓋骨や内臓機能たちは、少しだけ何もなかったかのように動きを止める。その間も、彼の青い体液が砕けた頭から零れ落ちて地面を濡らしていく。生臭い臭いと硝煙の臭い。発砲音はしなかったから、きっとサイレンサーをつけていたんだろうなあ、とサロセイルが思っていると、いっそう甲高い悲鳴が上がる。
ぬめぬめぬるぬると臓器の形をした何かを修復しながら、サロセイルはやれやれといった風に首を横に振る。
「結構お気に入りの服だったんだけどな、これ」
すっかり彼の青い体液に汚れてしまったシャツを見ながら、サロセイルはため息をつく。叫び声か、誰かが読んだのか――おそらく公社だろう。警察官とおぼしき人物たちがサロセイルに向かってくる。大丈夫かと心配する声と、周囲を封鎖するように指示を出す声やらが混じり合う。心配してくれる声に微笑みを浮かべて返事をしたサロセイルは、バルトサールの日頃の行いの悪さに辟易とした思いを抱くのだった。