またの夏をお楽しみに

title by Nicolo(http://nicolo.web.fc2.com/)

「夏かな、この暑さ」
「いえ、秋です。暦の上では」
「もうさ、残暑って言えば暑くても許されるんじゃないかって、テレビは思ってそうだよね」

 こんなに暑くちゃ、衣替えはまだ先かな。
 そう言いながら、優は先程コンビニで買った炭酸飲料のキャップをあける。有名な炭酸ジュースに口をつけて、あま、と文句を言う。

「コーラは砂糖が入っていますから」
「そりゃそうだわ。はー……にしても暑いわ」
「アイスクリームの方が良かったのでは?」
「本当にね。まあ、コーラの気分だったから仕方ないや」
「そうですか」

 優はペットボトルの蓋を締めると、千種川に持たせている鞄の中に入れる。今日の予定は特にない。見たい映画があるわけでも、欲しい服があるわけでもない。ただ、暇だったから外に出たら、たまたま二人で歩くことになっただけである。
 二人は特に会話もなく、炎天下の路地を歩いていく。暦の上ではすっかり秋のはずなのに、まだしっかりと夏の暑さを残している。パタパタと手で気休めにもならない仰ぎ方をしていると、ふと空気が冷たくなる。
 おや、と思って優は足を止める。千種川も不審に思ったのか、同じように足を止める。

「……なんか、いやな予感がするんだけど」
「ええ、とても」
「なに? また宇宙人でもくる?」
「我々はこのような現れ方をしませんので、別の生命体か――」

 千種川はその言葉の続きを口にするよりも先に、ふむ、と顎に手をやる。なるほど、と理解すると何事かを口にする。聞き覚えのない言語だったそれに、優がなんだ、と思うよりも先に、周囲に変化があった。
 刺々しさとねっとりとした、どろりとへばりつくような冷たさが吹き飛び、少し前まで味わっていた夏の面影を色濃く残す暑さが戻ってきたのだ。
 なにそれ、と優がぼやくと、千種川がライトノベルによくある展開ですね、と返す。

「あんた、ラノベ読むんだ……」
「多少は。一昔前のジュブナイル作品のほうが個人的に好きですね。ブギーポップとか」
「ふーん。まあ、あんた美少女ラブコメものとか好きじゃなさそう……っていうか、なに今の」
「ああ、今のは僕の故郷でのおまじないです」
「え、あんたのところって文明発展してるんでしょ? そういう、民間信仰? みたいなの残ってるんだ」
「ええ。どれだけ文明が発達しようとも、精神の拠り所として宗教は存在しますし、同じように民間伝承も残り続けます。科学的に否定されても、ヒトは"そうなるかもしれない"という反面教師として、ときには理想のために」
「ふぅん。そんなもんかあ」
「ええ、そんなものです」
「で、そのおまじないが効いたってこと?」
「おそらく。惑星が違っても、退散させる呪文は有用なのですね」

 これは新たな発見ですね。
 少しだけ肩を揺らして笑った彼に、宇宙人といると変なものに巻き込まれるんだな、と優はため息をつく。鞄から炭酸飲料のボトルを引っこ抜いて、キャップをあける。少し炭酸が抜けたジュースに口をつけながら、こういうのは珍しくないわけ、とぼやく。

「こういうの、というと今のような怪異でしょうか」
「ん。あんたと一緒にいて、初めて会ったけど、よく会うならさあ。塩くらい持っとこうかなって」
「いえ、初めてですね。ただ、よく会う仲間はいます。体質……とでも言うのでしょうか」
「あー……なるほど?」
「……ああ、そういえば出張でこのあたりに滞在していましたね、そのよく出会う仲間」
「ごほっ! いるんじゃん! 絶対そいつの巻き込まれでしょ、これ!」
「そうかも知れませんね」

 むせ返る優の背を千種川がさすっていると、聞き慣れない声が耳をつく。それに反応して千種川がそちらを見る。釣られて優もそちらを見ると、そこにいたのはスーツ姿の男性だった。
 中肉中背ながら、顔立ちは悪くない。頬髭を綺麗に手入れしていて、ダンディと言ってもいいだろう。彼は聞き取れない言語で千種川に話しかける。千種川もまた、彼に優が聞き取れない言語で返事をしている。
 何話してんのやら、と優が炭酸ジュースに口をつけながらぼんやりしていると、千種川が優を紹介しているのか、彼女を指差している。すると突然聞き慣れた日本語が男の口から出てくる。

「はじめまして、栫井さん。この体の持ち主は青木雄三と言います。私も日本での活動名はそちらを利用していますので、青木と読んでいただければ」
「あー……どーも。青木さんは……なんだろ、マサキの友達?」
「ふむ、友、と言われると難しいですね。同僚が近しいでしょうか」
「そうですね。元の肉体では同年代のように見えましたし、地球の文明レベルを調査する仲間、という意味では同僚という言葉が近いでしょうね」
「ふーん……」
「ああ、いけません。おしゃべりに興じたいのは山々なのですが、仕事中でして」

 それでは失礼します。
 そう言って路地の先に向かっていった青木を、優と千種川は無言で見送る。巻き込まれるヒトには見えないけど、とぼやいた優に、千種川はヒトは見かけによりませんから、と返す。

「彼、中々愉快な巻き込まれ方をしているので、そういった題材の創作物において、重要視されるかもしれませんね」
「ふーん。まあ、あまりにも出会いすぎて、それこそ創作だって言われそう」
「まあ、それはあるでしょうね」

 すっかり空になったペットボトルをカバンの中に仕舞い込んで、優は千種川に駅ビル行きたい、と告げるのだった。

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