蜜色のクレヨン

title by Cock Ro:bin(http://almekid.web.fc2.com/)

 でけえ。
 最初の印象はそうだった。隣に座る娘も、おっきなおじちゃんだあ、と言うものだから、慌てて逆隣に座る妻がその口を塞ぐが、すでに聞こえていたらしい。左腕の派手な刺青から、どんなおっかない人だろうとビクビクしていると、人好きのする笑顔を浮かべて、彼は娘に手を振ってくれる。
 そんな様子にほっとしながら、振ってくれた手も分厚いな、と驚いてしまう。すぐに隣に座る人の方を向いてしまった彼に、娘はつまらなさそうにしながら、妻が開けたペットボトルのジュースに口をつけている。

 東京から大阪に向かう新幹線の中で、新横浜から乗ってきた二人が通路を挟んで隣だった。背の高い女性と、さらに背の高い男性だった。
 女性を窓側の席に座らせた彼は、大きなスーツケースを荷棚に入れると席に滑り込んだ。そして、冒頭に戻るのだ。

「やっぱり、グリーン車の方が良かった? 狭くはない?」
「グリーン車でも多分、狭いなって思うよ。まあ、座席が狭いことには慣れているから平気さ」
「でも、グリーン車のほうが席広いわよ?」
「でも、グリーン車ってビジネスマンが多いじゃないか。彼ら、おしゃべりじゃないから、気を遣ってしまうよ」
「ああ……そうかも知れないわね」

 そんな二人のやりとりが小さく聞こえてくる。微笑ましいやりとりだ。きっと彼ほどの体躯なら、ゆったり座れることがウリのグリーン車でも狭いだろう。
 前から後ろに流れていく景色に、娘はきゃらきゃらと笑っている。よかった、しばらくは退屈してくれないですみそうだ。
 ちら、と隣の席を見ると、男性の方がこちらを指差している。聞こえてくる声は、あの子かわいいよ、と言う声だった。どうやら、先ほどの娘の発言で気を悪くしたわけではないようだ。

「ああ、さっきあなたをおじちゃん、って呼んだ子?」
「実際、小さな子からすれば、そうも見えるだろうからね。ほら、これもあるし」
「そうね、髭もあったら尚更おじちゃんだわね?」
「結構気に入っているんだよ? この髭」
「知ってるわよ。いつも丁寧に整えているの、ちゃんと見てるもの」

 くすくすと笑いながら、そんなやりとりをしている。連れの女性の方は、いかにもインテリクールな女性というイメージがあったものだから、穏やかなそのやりとりにギャップがある。
 娘がじいっ、っと向こうの二人組を見ているものだから、大きな体を小さくして座席に座っている男性は、にこにこの笑顔で娘に手を振ってくれる。それを見たらしい女性の方も、男性の体と前の座席の間から顔を出して娘に手を振ってくれる。
 娘が楽しそうにキャッキャしているのを聞きながら、妻とホッとした顔をしてしまう。どうにも、子どもの声がうるさいと言われやすい昨今だからか、子どもを連れての旅行となると、過剰なまでに神経を使ってしまう。

「よかったわね。向こうの人たち、子供が好きみたいね」
「本当だね。あ、こらみゆき、向こうに行ったらだめだよ」
「なんでえ?」
「他の人が通路を通りたいのに、みゆきが通路にいたら、通れないだろう? それに、走ってる電車の中は、たくさん揺れるからね。みゆきが転がって怪我をしてしまうよ」
「……はあーい」

 座席を乗り出して、通路を挟んだ反対側の二人の方に行きたがる娘をなんとか抑えこむ。反対側から、子どもを持つって大変だね、と声が聞こえてくる。そう、大変なのだ、子育てとは。

「ああ、でもやっぱり子どもは欲しいな。アヤセによく似た女の子がいいな」
「あら、女の子は男親に似るっていうわよ」
「うーん、私に似た女の子かあ……ん? じゃあ、男の子ならアヤセに似るかもしれない?」
「あら、気がついたわね。でも、男の子なら、あなたに似てくれた方が、わたしは嬉しいわね」
「そう? でも、あの女の子はマードレに似てるから、やっぱりアヤセに似た女の子だってできるに違いないよ」

 そんな他愛無いやりとりを聞こえてくる中、娘のあげた、おなかすいた、の声。家で作ってきたおにぎりを差し出すと、ツナのがいい、とわがままを言い出す娘。どれがツナか妻に聞いている間に、娘は適当におにぎりを掴んで口に入れている。
 どうやら、お目当てのツナマヨだったらしく、にっこりご機嫌な笑顔であった。

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