小休憩

 俺こと水瀬智紀は疲れていた。
 謎の装置が握ったら拳銃になって、それを試し撃ちのようなことをする検査をさせられたり、その直後になにやら脳波を測定されたりした。夕食を建物内で食べてから、今度は地下の施設に連れて行かれた。そこでも同じような拳銃の試し撃ちがあって、なんというか、自衛隊の訓練のときよりもすっかり参ってしまっていた。
 慣れないことはするもんじゃない。そう思いながら、休息室、と書かれた広いエリアに設置されているドリンクバーに向かう。ここと、併設されている仮眠室で今日は過ごしてほしい、とのことだった。外部との連絡手段は残念ながら没収されており、地味に続けている太ったガチョウとスポーツジムを運営するアプリゲームが恋しい。
 とはいえ、休息室はオフラインで遊ぶタイプの、ソロプレイやマルチプレイができるゲームソフトだったり、ボードゲームやカードゲーム、はてにはテーブルトーク系のゲームブックが用意されているから、時間を潰すことには事足りそうだ。漫画も小説も、自己啓発系の本だったり、動植物の写真集など様々なものが置いてある。音楽プレイヤーもしっかりとしたスピーカーも置かれていて、一通りの娯楽は準備されている。仮眠室も背の低い棚とベッドだけではあったが、外は見えるはめ殺しの窓はあったし、狭いながら一人一部屋確保されている。

「あ、あの漫画の最新刊じゃん」

 ネットで話題になって、それから追いかけている漫画の最新刊が用意されていて、誰がこういうのをチョイスするんだろう、とか考えてみる。先ほどの白衣の男性とかは、なんていうかこう言うのを読まなさそうだし。
 そんなことを考えていると、休息室の扉が開かれる。自動ドアの開く音に反応して、俺はそちらを見る。そこにいたのは、ここに来たときに見かけた青年だった。前髪を編み込んでいて、サイドの髪は少し長め。ますますこことふさわしくないように思えて、なんでこの青年はここに自由に出入りしているんだろう、と思ってしまう。
 彼は後ろにいる男性に楽しそうに話しかける。メガネをかけたがたいのいい男性は、彼の言葉に静かに頷いている。楽しそうにしている青年は、そのままドリンクバーの方に来る。俺がジュースを混ぜて遊んでいるのがバレてしまう。
 そんなことを思っていても、青年はこっちに来るのだけれど。ちら、っとオレがオレンジジュースにレモンサイダーを混ぜたソレを見た彼は、にっ、と口角をあげる。え、意外と好感触?

「……いいね」
「まじ?」
「オレはね、ブドウジュースとオレンジジュース混ぜて、サングリア風にするのがおすすめかなー」
「あー、それおいしそうだわ」

 思いがけない好反応に、思わず仲のいい友人のような反応をしてしまう。ブドウとオレンジは鉄板だろうな。絶対おいしい。というか、ここのドリンクバー、下手なファミレスや焼き肉食べ放題の店よりも充実したラインナップだ。お湯も用意されているから、コーヒーも紅茶もホットミルクもあるし、なんとソフトクリームの機械も用意されている。至れり尽くせり、ここに極まってる。ソフトクリームにはチョコソースにキャラメルソース、黒蜜なんてものまで用意されているし、当然の顔をしてカラースプレーだってあるし、きな粉もある。ご用意が良すぎるのでは。
 慣れた手つきでオレンジとブドウのミックスジュースを作った彼は、いつの間にか後ろにいた眼鏡の男性にソレを差し出している。足音聞こえなかったし、気配もなかった。こわ。てか、この男の人、そんなジュース飲むのか。雰囲気的にコーヒーとか飲みそうなものなのに。
 それを受け取った彼は、そのまま青年の後ろに立っている。一瞬だけ俺の方を見た彼は、眼鏡の向こうにある緑色の目を少し細める。なんとも言えない居心地の悪さを感じて、俺はそそくさとレモンサイダーのオレンジジュース割りを持って退散する。彼はどうやら、別のドリンクを作っている青年待ちらしい。なにやらコーラの上にソフトクリームを乗せている彼を見ながら(そういうやりかたもありか)やはり男性は姿勢のいい姿のまま立っている。
 その姿が、なんていうか不気味だった。二メートルぐらいありそうな長身で、筋肉質で、表情がなくて――ただそこにいる。青年を見る目にも、嫌悪も好意も感じなくて、それがなんていうか――不気味だった。

  • URLをコピーしました!
目次