イチゴとレイトショー

 職場の懇親会で、朝からイチゴ狩りをしてきた晶は、手土産にとバスケットに入ったイチゴを買って夕方帰宅した。ワンバスケット五百円。別途入場料がかかるとは言え、しっかりとイチゴ狩りを楽しんできた彼女――無表情なりに楽しんでいる雰囲気は伝わったらしく、お裾分けとしていくつかイチゴを譲られたのは内緒だ。とはいえ、彼女は別にイチゴが特別好きな訳ではない。
 家で寝転がってだらだら過ごしているか、オンラインゲームでもプレイしているであろう巣鴨に、いい手土産と土産話ができたとそれなりにほくほくして帰宅した彼女を待っていたのは、イチゴをつまみながら、ネット通販サイトのプレミアム会員特典であるビデオ配信サービスを使っている恋人の姿だった。

「あ、晶ちゃんお帰りなさい!」
「ただいま。イチゴか」
「そそ! スーパーのたこ焼き屋さんあるじゃん? あそこにたこ焼き買いに行ったら、おいしそうだったから、つい買っちゃってさ」

 たこ焼きはもう食べちゃったんだけど、晶ちゃんもイチゴ狩りをしてるし、なんだか食べたくなっちゃったんだよね。
 大きな目を細めて、巣鴨は存外男らしい指先でイチゴをつまむ。この酸っぱいのがいいよねえ、と大満足の笑顔でイチゴを食べている彼に土産葉いらなかったか、と晶は冗談めかして言う。

「ええ!? それはそれ、これはこれだよ! お土産はいるって!」
「そうか」
「何買ってきたの? イチゴ狩りのお土産と言えば、イチゴ系だよね……あ、分かった! ジャムとかでしょ! 日持ちするし」
「違うな」
「ええ? いい線いったと思ったんだけどな……じゃあ、そうだな……保冷バッグはなさそうだからアイスは違うよな……ケーキとかでも無さそうだし……」

 うんうん唸りながら考え込む巣鴨に、晶は微笑ましいものを見たと思いながら、下げていたエコバッグから買ってきたものを取り出す。
 それはイチゴのはいった大きな透明の使い捨ての容器だった。ぎっちぎちにイチゴが詰まった――蓋が閉まらなくて、輪ゴムで固定してあるそれを見た巣鴨は、眼鏡の向こうの目を丸くする。晶ちゃんらしいや、とぼそりと呟かれた言葉に、ジャムの方がよかったか、と晶は返事をする。ジャムはジャムでうれしいけどね、と笑いながら巣鴨はイチゴをまたひとつ口に入れる。

「今日はイチゴ、食べ放題だねえ」
「そうだな」
「イチゴって、そのまま食べてもおいしいし、練乳かけてもおいしいし、つぶして砂糖と牛乳で混ぜてもおいしいから凄いよねえ」
「最後のは聞いたことがないな」
「えっ!? やらない!? うちの母ちゃん、凄いやってたよ!?」

 こう、スプーンでぐちゅっと潰してさぁ……
 ジェスチャーをしながら説明をする巣鴨に、潰したイチゴは事故現場に見えそうだな、と喉の奥で思ったことを押し殺して晶は巣鴨が買ってきたイチゴをつまむ。イチゴ狩りでとったものと同じぐらい、瑞々しくて甘酸っぱいそれに、配送業者の努力を感じられる、と晶はぼそりと感想をつぶやく。その感想を聞いた巣鴨は、イチゴの感想にそれを言う人初めて聞いたよ、とくすくす笑う。
 たくさんイチゴがあると、贅沢な食べ方もしたくなってくるなあ、と難しい表情をする巣鴨。そんな彼に、そんなものか、といいながら、晶はこたつの定位置に座る。そうだよ、と難しい顔のまま、巣鴨はスマートフォンをタップする。どうやら、検索エンジンで贅沢な食べ方について調べているらしい。
 そのうち、よさそうな記事を見つけたのか、巣鴨はみてみて、とスマートフォンを晶に見せる。その記事に書かれていたのは、イチゴのアイスパフェだった。

「アイスパフェ。冬だが」
「こたつにアイスは付きものだしさ、イチゴもあるし、簡単だし、やろうよ!」
「アイス、あったか?」
「……あっても、うちには棒付きアイスだけだね!」

 買いに行くところから始まるのは無しだなあ。そうぼやきながら、巣鴨は別の記事を探し始める。どうやら、カップアイスを買いに行くほどの情熱はないらしい。これはちょっと手間がかかりそうだしなぁ、と難しい顔をしている巣鴨に興味をそそられた晶は、どうした、と声をかける。
 声をかけられた巣鴨は、これなんだけどさ、と今度は動画投稿サイトを見せてくる。そこには、手軽に作る、と書かれたシンプルな動画のキャプションがあった。どうやら素人が投稿しているらしく、その動画には男性の手と食材だけが登場している。

「ムースだって。ちょっと難易度跳ね上がるよね」
「……動画を見る限り、そこまで難しそうではないが」
「本当!? さすが晶ちゃん!」
「グラニュー糖がないな」
「やっぱりなにかがないんだよなあ!」

 残念だなあ、と悔しそうにこたつの天板の上に転がる巣鴨に、イチゴをそのまま食べるのが一番贅沢だと思うが、と晶はその口元にイチゴを運んでやる。これが一番の贅沢なのはわかるんだけどさぁ、と巣鴨は勧められるがままにイチゴを口にするのだった。うーん、甘酸っぱい。そう幸せそうに笑う口元に、もう一ついるか、と晶はイチゴを押しつけながら、チョコレートを溶かしてチョコレートフォンデュにして食べるのも一つの手だな、とぼんやりと考えるのだった。

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