雪とうさぎの話

「ううう……寒いな……」
 巣鴨は文句を言いながら、けたたましくなるスマートフォンのアラームを止める。二度寝しようか、と思ったものの、想像以上の寒さに目はバッチリと冴えてしまった。羽毛の掛け布団でも防ぎきれない寒さに震えながら、ベッドから這いずり出た彼は、のっそりとした動きでメガネをかけると、ピンクブラウンの絡まりながら跳ねた髪を手櫛でほどきながら、カーテンを開ける。
 一面に見える、わずかばかりとはいえ、積もった白い雪。屋根に薄く白い化粧をさせているそれを見た彼は、思わず目を輝かせて声を上げる。
 雪だ!
 巣鴨の大きな声が静かな部屋に響く。カーテンをあけた巣鴨は、いそいそと暖かい格好に着替える。いつもよりも寒いものだから、もこもこした裏起毛のスラックスに、暖かい素材の肌着にセーターを着る。寒いなぁ、と言いながら一階に降りた巣鴨は、すでに飲み物を飲んでいる晶を見つける。

「晶ちゃん早いね」
「ああ。寒さで目が覚めた」
「わかるよぉ。俺も寒くて起きたもん……ところでさ、晶ちゃん」

 その格好寒くないの。
 巣鴨は晶の格好を見て、寒そう、と呟く。丸首のセーターにジャージのズボンを着ている晶だが、その素材は意外と薄いということを巣鴨は知っている。寒くはないな、と返事をする彼女の言葉にも嘘がないことも知っている。晶は寒さにも暑さにも強いのだ。巣鴨は暑さにも寒さにも弱いが。
 麦茶を冷蔵庫から取り出して飲んでいる彼女に、冷たいものはもう飲めないよ、と寒そうなジェスチャーをしながら、巣鴨はもそもそとトイレに向かう。そんな彼を見送りながら、晶は電気ケトルで湯を沸かす。目覚めの一杯は冷たいもの、と決めている晶だったが、冬は温かいコーヒーを飲みたい気分になるのは晶もそうだ。
 二人分のコーヒーを作るために湯を沸かしながら、晶は食パンをトースターに放り込む。彼女はバターだけで十分だが、巣鴨はジャムを乗せたいタイプだから、食パンが焼けるまでの間に冷蔵庫からバターとジャムを取り出す。こたつとなったローテーブルにバターとジャムを並べていると、歯を磨いてトイレを済ませてきた巣鴨が帰ってくる。ちょうど電気ケトルの湯がわいたところだった。
 インスタントコーヒーを巣鴨が作っている間に、一枚目が焼けた食パンを取り替える。きれいに焼けた食パンを皿に乗せ、こたつに向かう。マグカップを二つ持った巣鴨も向かっていく。巣鴨はミルクを入れないと胃が荒れるから、とポーションのミルクを自分の分のコーヒーに一つ入れるのも忘れない。
 テレビをつけた巣鴨は、すかさずチャンネルをニュース番組に変える。流れてきた経済ニュースを流し見しながら、連動データボタンを押して画面に天気予報を表示させる。最高気温と最低気温が表示された画面を見た彼は、雪が降るぐらい寒いもんなあ、とコーヒーを飲みながらこたつに足を入れている。即座にこたつの電源を入れて、温まるのを待っている。
 二枚目の食パンが焼けたところで、晶がパンを片手に移動してくる。みてみて、と巣鴨はやってきた晶にスマートフォンの画面を見せる。なんだ、と思いながら晶が画面を見ると、そこには手のひらサイズの固められた雪があった。よくよく見れば、うさぎの耳のつもりなのだろうか、ちいさなお弁当にでも使うのだろうか、ピックが二本刺さっている。

「……うさぎ、か?」
「そうらしいよ! ヴィンスさん、寒いけど早く起きたから作ったんだって」
「そうか」
「俺も出勤前に何か作ろうかな!?」
「家に帰る頃には溶けていそうだな」
「現実的な指摘……!」

 でも積もるぐらい降るなんて珍しいから、電車走ってるといいけどなあ。難しそうな顔をした巣鴨に、そうだな、と晶は返事をする。晶はバイクで通勤しているが、スノータイヤに履き替えたとはいえ、運転するか迷う。今なら少し早く家を出るだけで徒歩でいける時間だ。

「晶ちゃんはどうする? バイク?」
「どうするか……」
「スノータイヤに履き替えたって言っていたけど、やっぱり危ないんじゃない?」
「そうだな。歩いていくか」
「それが安全だよ」

 歩いて出勤できる距離なの羨ましいなあ、と巣鴨はジャムを塗ったトーストにかぶりつく。近ければいいというわけでもないぞ、と言った晶は、齧ったトーストを嚥下してから、唐突に出勤要請が来る、と繋げる。それを聞いた巣鴨は、それは困るなあ、と笑いながらトーストを齧る。
 トーストを齧り終えた晶は、少し冷めたコーヒーを一気に飲む。先に行く、と言った彼女は、出勤時に持っていくリュックサックを取りに部屋に向かう。それを見送りながら、巣鴨はコーヒーを一口飲んだ。

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