手入れをしたいお年頃

 巣鴨雄大はオシャレに気を配る男性だ。ピンクブラウンに染めた髪だって、こまめにリタッチカラーをしているし、カラー用のシャンプーやダメージケアのトリートメントを丁寧に使っている。ボディソープも気を配って、ちょっといい香りがするものにしている。ドライヤーも大風量かつ、イオンで髪に優しいものだし、スキンケアもそれなりに気を配っている。ボディクリームをつけ忘れるとすぐに粉を吹いてしまう体質だというのもあるのだが、兎にも角にも巣鴨はおしゃれには気を配る男なのだ。
 対する恋人の晶は正反対である。眉よりも短く切り揃えられた前髪に、男のように短くされた髪のために使うシャンプーは安売りのリンスインシャンプーだし、ボディソープというよりは安い石鹸で済ませてしまう。スキンケアは最低限、オールインワンジェルをなんとなく使っているだけである。ドライヤーを使う必要を感じないから、ほとんどがタオルドライで済ませてしまうし、ボディクリームなんて使ったことがない。清潔感は気をつけるが、それ以上のことはしないのが本庄晶という女性だった。
 風呂上がりの巣鴨が丁寧に髪をとかして、洗い流さないタイプのヘアミルクでしっかりとケアをしてドライヤーで髪を乾かしている。ふんふん、と鼻歌を歌いながら温風から冷風に切り替えてしっかりと髪を乾かした彼は、ドライヤーの電源コードを抜いて片付けようとした。ちょうどその時だった。入浴を済ませ、スキンケアもそこそこに寝巻きがわりのスウェットに着替えた晶がリビングに入ってきたのだ。がしがしとタオルで髪をこすって乾かしている彼女を見た巣鴨は、晶ちゃん、と呼びかける。首に濡れたタオルを引っ掛けた晶は、どうした、と尋ねる。

「どうした、じゃないよ。ほら、髪乾かすよ」
「もう乾いたが」
「タオルドライじゃ髪が傷むんだってば! 短くてもドライヤーするの!」
「自然乾燥で十分だと思うが……」
「十分じゃないから言ってるんだよぉ。ほら、こっち来てってば」

 面倒臭い、と無表情の顔にでかでかと書いた晶は、諦めたようにため息をひとつ吐くと巣鴨の元に向かう。向き合うように胡座をかいた彼女は、ずい、と下を向いて頭を巣鴨のほうに動かす。
 少しだけボトルからヘアミルクを出した巣鴨は、手のひらでミルクを伸ばす。晶の短い髪の先に少しだけつけるように、手のひらを動かしている彼に、わざわざトリートメントもいらないだろうに、と晶は内心呆れてしまう。女性らしさのかけらもない晶を、こうして女性扱いするのは巣鴨ぐらいだ。今まで付き合ってきた男性も女性も、彼女を男性的に扱ってきたものだから、巣鴨の対応に慣れなくてどことなく擽ったい。
 電源コードをコンセントに再度繋げられたドライヤーが、大きな音と共に大量の温風を晶の頭に当ててくる。それはすでに半分ほど乾いていた晶の髪をしっかりと乾燥させていく。巣鴨の手でかきわけられながら、根本からしっかり乾かされていく髪。乾燥しているのを確認してから、巣鴨は冷風に切り替える。ちゃんと乾かさないとキューティクルがどうのこうの、と前に垂れていたうんちくをまた垂れている彼に、はいはい、と晶は適当に流す。

「ちゃんと聞いてる?」
「聞いてないな」
「そこは嘘でも聞いてる、って言って欲しかったかな!」
「嘘をついても意味がないだろう」
「それはそうなんだけどさぁ。はい、乾いたよ」
「最初から乾いていたがな」
「自然乾燥はキューティクルが開きっぱなしで、髪が傷むからダメだってば!」

 せめてちゃんとドライヤーぐらいしなよ。猫っ毛でくるくると巻く晶の髪を触りながら、巣鴨はぶつぶつと文句を言う。ドライヤーで乾かしても、乾かさなくても、結局くるくるに巻いてしまう髪のことを考えると、晶は同じことだと思うがな、と思ってしまう。
 いっそのことスキンヘッドにするか、と晶が呟くと、巣鴨が思い切りがいいね、とちょっと引いたように返事をする。

「冗談だ」
「晶ちゃんの冗談ってさ、真顔で言われるから冗談に聞こえないんだよね」
「そうか?」
「そうだよぉ。スキンヘッドの晶ちゃんもかっこいいだろうけど、俺は今の晶ちゃんがかっこいいから、できたら今のままでいてほしいかな!」
「そうか」
「そうだよ」

 ドライヤーの電源コードをまとめ終えた巣鴨に、タオルを洗濯機に放り込むついでに片付けてくる、と晶が渡すように促す。お言葉に甘えて、と渡してきた巣鴨の手からドライヤーを受け取り、晶は脱衣所に向かう。洗濯機に濡れたタオルを放り込み、ドライヤーをいつもの定位置に片付ける。
 リビングに戻ると、巣鴨がバラエティ番組を見ながら笑っているところだった。おかえり、と晶が戻ってきたことに気がついた彼が呼びかけるから、晶もただいま、と言ってちゃぶ台を挟んで向かい側に腰をおろすのだった。

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