会社から出た叶渚(かんな)と絢瀬は、駐車場に向かっていた。駐車場の近くに新しいドラッグストアができたから、品揃えを確認しに行こうということになったのだ。
「家の近くにあるドラッグストアさ、品揃え今ひとつなんだよねえ……まあ、小さい店舗だから気にしてないけどさ」
「そうなの? 大変ね」
「そ。あたしの使ってるコスメも、そこ取り扱いなくてさあ。いつも帰りに買ってんのよ」
建物の裏手にある自動ドアを潜り、店内に入る。入り口が裏にもあるのは便利ね、という叶渚に、本当にね、と返す絢瀬。
冷房が適切に効いた屋内は、暑すぎず寒すぎない。裏口の隣にはアイスクリームコーナーがあり、生理用品やトイレットペーパーのコーナーが目につく。アイスクリームコーナーの隣に置かれた、見切り商品の什器の中には、期限が近いために安くなった商品が置かれる予定のようで今は空っぽだ。
「日配あるんだ! へえー、いいわねえ」
「ああ、小さいって言ってたものね、家の近く」
「そうそう。まず日配コーナーないからね」
「あら、それは困るわね」
「あ、絢瀬。コスメ見てもいい?」
「いいわよ。わたしも見たいもの」
二人は店内を横断してコスメコーナーに向かう。プチブランドの商品から、少しお高めの値段帯のものまで並んでいる。
その中で叶渚はなにかを見つけたらしく、絢瀬の腕を勢いよく引く。あまりの勢いに、絢瀬は目が点になる。どうしたのよ、と尋ねると、仕事中よりも真剣な目で彼女は見て、という。
「これ、このブランド」
「ああ……見たことあるけど、どうしたのよ」
「あたしが使ってるやつ。あったわ、もう今度からここにする。ここで買うわ」
「よ、良かったわね……?」
「はー、職場の隣で買えるとか最高よね」
「あ、それは分かるわね」
ところでそれは買うのか、と尋ねると、肩を落とした叶渚は昨日買った、と沈んだ声で呟く。あまりの沈み方に、思わず絢瀬は苦笑する。
見つかっただけよかったじゃない、と慰めて二人は店内を一周する。日配はもちろん、お菓子コーナーも飲み物コーナーも充実しており、お弁当を忘れたらここで買えばいいわね、と二人は笑う。社食はあるのだが、味が今ひとつな割に少し高いのだ。
十分に見て回った二人は、特になにも買うことなく裏口から再び出る。駐車場から出ると、絢瀬の使うバス停も、叶渚が使う駅の方角とも違うのが困りどころだ、と二人はどうしようも無い文句を言う。
引き返して職場の駐車場の敷地を横切ろうとしたとき、あ、と叶渚が声を出す。とんとん、と絢瀬の肩を叩いた彼女は、あれ見てよ、と一台の車を指さす。
その車の上には白い猫と茶色の猫が香箱座りで座り込んでいた。
「あら、かわいいわね」
「でしょ。写真撮ってもいいと思う?」
「既に二枚撮っておきながら、なに言ってるのよ……」
絢瀬に尋ねながら、叶渚は既にアウトカメラを猫に向けて、シャッターを切っていた。
机の上に猫の卓上カレンダーや、黒猫モチーフのタンブラーがおいてあるのだから、さぞ好きなのだろうと思っていたが、ここまでか、と絢瀬は苦笑する。
しかし、猫二匹が香箱座りでボンネットの上にいるのは大変可愛らしいのは事実だ。絢瀬も一枚写真を撮って、ヴィンチェンツォに見せてやろうと思い、かしゃりとシャッターを切る。
綺麗に撮影できたことをアルバムアプリで確認していると、不意に隣からくしゃみが聞こえる。そちらを見ると、くしゃみを連発しながら、目を擦っている叶渚の姿があった。
もしや。そう思って絢瀬は尋ねる。猫アレルギーなのか、と。
「そうよ。っくし! あー……」
「大変ね……ティッシュいる?」
「ありが……いっくしっ! あー……つっら……」
「猫好きなのに、猫アレルギーっていうのも難儀なものね」
「本当よ。おかげで生の猫には近寄れないのよね」
一度でいいから猫吸いしたいのに。
ぶつぶつと文句を言いながら、叶渚は絢瀬から受け取ったティッシュで鼻を噛む。ゴミ箱が見当たらなくて、仕方なしに通勤カバンに放り込む。
「猫、そんなに好きなの?」
「かわいいじゃん、猫」
「まあ、かわいいけど、グッズ集めるほど?」
「生の猫に近寄れないから、その反動ってのはあるわね」
グッズの猫ならアレルギー出ないからね。
そう笑った叶渚の目は、アレルギーのせいで赤くなっていた。
「だからさ、あたし旦那の実家いけないんだよね。あそこ、猫屋敷でさあ」
「嬉しいけどきついわね」
「死と隣り合わせよ。ある意味天国に一番近い家だわね」
そう笑った彼女に、絢瀬は肩をすくめる。そこまでして猫が好きだとは思わなくて、それなりに付き合いのある同僚の側面を新たに見れた気がして、少し嬉しかった。