title by 蝋梅(https://roubai.amebaownd.com/)
どこにでもある――比較的シャッターが下りていない商店街の肉屋は、今日も奥様方で繁盛している。これが夕方になると、腹を空かせた子どもたちで繁盛するのだ。安いコロッケをたくさん買っていく彼らを見ていると、利益とかそういうものよりも大切なものがある、そういうことを教えてもらえる気がしてならない。
「井上さーん。今日は子どもがハンバーグがいいって言うんだけど、合い挽き肉は安いかしら」
「少しならオマケしますよ」
「あらまあ! それじゃあお願いしようかしら」
お肉高かったから、今日はハンバーグじゃないわよ、って言うつもりだったのに。
戸山さんがからから笑うものだから、いつものグラム数よりも少しだけオマケして、ついでに牛脂もつける。支払いを済ませながら、そういえば三丁目のマンションに新しい人が来たらしいわよ、と教えてくれる。
「三丁目? あの白いマンション?」
「レンガの方よぉ。新婚さんかしら? あの二丁目の二人みたいにいちゃついてなかったけど、指輪はしてたわね」
「ああ、二丁目の。そういえば、二丁目の人ね、この間本屋で見かけましたよ。二人でいたかな……」
「んもお、いつも二人セットね。仲がいいわあ」
二丁目の二人、でこの商店街で知らない人はいない。二丁目にある、白い外壁のファミリー向けの分譲マンションに二人で住んでいる若い男女のことだ。ただ仲がいいだけではなく、とにかく視線を惹きつける二人なのだ。
男性の方は、とにかく背が高い。自販機よりも背が高くて、それでいて筋肉がたくさんついているからがっちりとした体格なのだ。見た目だけでも威圧感があるが、顔立ちは彫りが深くて男らしいし、声も低くて圧力すら感じる。それでも、あまり怖いと感じないのは、彼がいつも穏やかに笑っているのと、おしゃべりが好きだからだろう。まあ、左腕の派手な刺青のインパクトは凄まじいのだが。
女性の方は男性のインパクトが凄くて隠れがちだが、顔立ちがいい。アイドル、というよりは美人系の女優さんみたいな雰囲気だ。男の手綱を時折引いているように見えるから、彼女が彼を尻に敷いているのかもしれない。
調月さんとヴィンスさん。そこそこの頻度でこの商店街を使ってくれる、ちょっとした有名人だ。
「ヴィンスさん、この間塊肉でカレー作るって張り切ってたから、今度レシピ教えてもらうんですよ」
「あら、いいわね。私もヴィンスくんにレシピ交換持ちかけようかしら」
「案外ニコニコしながら交換してくれそう――って、ヴィンスさんだ。いらっしゃい」
「チャオ。私の名前が聞こえた気がするけれど、どうかしたのかな」
にこにこしながら、いつものTシャツにジーパン姿のヴィンスさんがエコバッグ片手にやってくる。肩にかけたエコバッグ、トートバッグなのに小さく見えるのは、彼が大きすぎるからだろう。
冷奴と書かれた日本語Tシャツって本当に着る人いるんだ、と思いながら、塊肉のカレーの話を振る。彼はニコニコしながら、スプーンでほぐれるまで煮込んだらアヤセが美味しいって言ってくれたんだ、と報告してくれる。
「それはよかった。いやー、その秘伝のヴィンスさんレシピを教えてほしくてですね……」
「ふふふ、仕方ないなあ。今度レシピを書き起こしてくるよ」
「ヴィンスくん、私も私も」
「ふふ! ヴァ ベーネ! 任せてよ」
「ヴィンスくんさすがだわあ。うちの旦那も、このくらい料理してくれたらいいのになあ」
「あー、うちの息子たちもねえ。ヴィンスさん、いい方法ない?」
「ええ? 料理のできる男はモテるよって言うくらいじゃない?」
うちはパードレが自分から料理してたからなあ。そう顎髭を撫でながらいう彼に、文化の違いなのか、躾の違いなのか問いただしたくなってしまったのは、おそらく私だけではなかったと思った。