かくまってくれている上に、現状おさない少女である哀の保護者でもある阿笠博士に連れられて、灰原哀は発明家たちの作品が集まる展示会に来ていた。そこには阿笠の発明品も並んでいる。
阿笠の発明スタイルは、スポンサーを持たず自分の作りたいものを優先することで、技術力の高さは発明家仲間の間でも定評はあるが、彼の発明は趣味の延長にあるようなものが多い。石川五右衛門型温泉ロボのような、ちょっとニッチな発明品がそうだろう。意外にも好評なものも多く、阿笠の周辺には少人数であっても人が途切れることがなく、哀は阿笠の技術力と、彼自身の人柄を再度評価しなおしていた。
一通り挨拶を終えたとき、驚くほど長い髪と身長の男性が阿笠のほうに歩いてくる。その後ろを歩いている人物も、周りと比べれば背が高いようだが、抜きん出て長髪の男性は背が高かった。その男性を見ている哀に気がついた阿笠は、おお、と驚いてから声をかける。人当たりの良さそうな笑みを浮かべている長髪の男性と、興味深そうに発明品を見ている金髪と赤毛の男性二人が阿笠の元にやってくる。
「神宮司先生も来ておったんじゃな」
「ええ。ちょうど彼らにも阿笠さんの発明品を見せたくて……こちらの金髪の彼は伊弉冉一二三くん。赤毛の彼は観音坂独歩くん。そして私は神宮司寂雷と言います」
「ご紹介にあずかりました、伊弉冉一二三です。普段は新宿のホストクラブで勤務しています」
「僕は観音坂独歩です。普段は新宿の医療機器メーカーの営業をしています」
「おお、ご丁寧にありがとう。わしは阿笠博士。こちらは親戚の哀くんじゃよ」
「灰原哀です」
おたがいに挨拶をしてから、神宮司は連れの伊弉冉と観音坂に阿笠の発明品は興味深いものが多いことを説明する。温泉の温度や効能を教えてくれる、石川五右衛門型温泉ロボの話をすると、伊弉冉が温泉風の入浴剤でも反応するのかな、と反応を示す。自動ハムエッグ作り機の説明の時は、観音坂が一二三がいないときの朝食で使ってみたいかも、と話したものだから、彼からそんなに食べたいなら作るのに、と非難されていた。
観音坂と伊弉冉が一緒に暮らしていることなどを話したり、夜遅く帰宅することが多い観音坂に腕時計型ライトは便利かもしれない、と神宮司が真剣に考え始めたりしているとき、哀は気になっていたことを口にする。
「三人はどういうつながりなのかしら……その、失礼だけれど、あまり接点があるようにみえなくて……」
「ふふ、よく言われます。独歩くんと私は以前から仕事の関係で仲が良くて、そこから一二三くんともつながりが出来たんですよ」
「今は休みが合えば、三人で釣りや買い物にもいくし、ラップ大会にも出るんだ」
「そうだったの。……ラップ大会?」
「おお、そういえば神宮司先生はラップがお得意だと前に話してらっしゃったな」
阿笠は顎をさすりながら、以前神宮司と話したときのことを思い出している。哀は、明るく人当たりのいい伊弉冉はともかく、気弱そうな観音坂と人の良さそうな神宮司がラップをするようには見えなくて首をかしげる。
そんな二人に神宮司は、私たちは三人でチームを組んでいるんですよ、と神宮司は内緒にしていたことをバラす子どものように、楽しげに教えてくれる。観音坂がメッセンジャーバッグから取り出したのは、一枚のフライヤーとチケットだった。よければこちら、と差し出した彼に、受け取る阿笠。フライヤーを見る阿笠と哀は、そこに書かれている内容を見る。シンジュク・ラップ・バトル、とストリート風のロゴが書かれており、日付と時間が記されている。チケットは観覧席のもので、ペアチケットだった。小学生は保護者同伴で参加できる、土曜日の昼間に行われるラップ大会のようだ。
「私たちは初回の前々回、前回と優勝している、麻天狼というチームです」
「あと二回連続で優勝したら、殿堂入りで参加できなくなるんだ。しかたないけどね」
「ほぉー……ラップは詳しくないんじゃが、先生方が何度も優勝できる強いチームなのは凄いのう」
「本当ね……私も詳しくないけど、こういうのって何回も感嘆に優勝できるものじゃないんでしょう?」
「そうですね……参加するたびに、参加者全体のスキルがアップしているように思います」
寝首をかかれないように、慎重にならなくてはね。そう微笑む神宮司に、うなずく伊弉冉と観音坂。観音坂がまだチケットはあるから誘いたい人がいたらお譲りします、と提案してくれる。その言葉に、知人にも当たってみよう、と頷いた阿笠は彼と連絡先を交換する。哀は一緒に行動することが多い少年探偵団を誘ってみようか、と思う。だが彼らはこういうイベントには興味が無いだろう。コナンは実際の年齢が近いからどうだろうか、と思ってみるが、彼がこういう音楽イベントに興味を持つことはあまりイメージがわかない。それに哀自身、こうして誘われなかったらきっと行かなかっただろうイベントなので、無理に彼らを呼ぼうとは思わなかった。
神宮司が当日ぜひ遊びに来て下さい、というものだから、阿笠はぜひ、と頷いて彼と握手をする。哀は彼らにネットに動画などをあげたりしているのか、と尋ねる。事前の知識をなくしてラップを楽しめるか、いまひとつ自信が無かったからだ。哀のその言葉にあるよ、と応えてくれたのは伊弉冉だった。
「これが僕たちのSNSで、こっちは動画サイト。アドレス、転送しようか?」
「お願いしてもいいかしら」
「もちろんだとも」
転送してくれたSNSと動画サイトのアドレスとブックマークにいれてから、哀は大会までにチェックするわ、と微笑む。ちらっと見えた動画サイトのチャンネル登録者数も、SNSのフォロワー数も尋常じゃない数字を出していたのをみて、思わず哀は三人の顔を見比べる。ラップには疎いが、一部の世間では彼らは人気ものなのかもしれない。そうでなければ、インフルエンサーも顔負けのフォロワー数やチャンネル登録者数にならないだろう。
これはますます事件誘因体質のコナンを誘ってはいけないと思った哀は、あとで博士にコナンだけは誘うなと釘を刺そうと思うのだった。