適性検査

「何度見ても大きいよなぁ……」

 見上げた施設は、巨大な豆腐みたいな外見だった。真っ白なビルに窓ガラスが貼られているが、それでも巨大な豆腐だと思ってしまう。外装を洗うのも大変だろうなあと思いながら、その施設のエントランスに踏み入る。
 この施設に俺、水瀬智紀が訪れるのは二回目だ。最初は陸上自衛隊に入隊した時だ。そのときは新入隊員全員できたのだが、なぜか俺だけ二回目の適性検査が行われることになった。同じように検査をした同期たちからは、なんで水瀬だけが二回も検査があるんだろうな、と不思議がられたり、結果が悪かったのかも、と心配されたりした。至って健康体だと思うのだが。
 受付で検査に来た旨を伝えると、すぐに受付の人は取り次いでくれる。担当者が来るまでソファーにかけて待っていると、自動ドアが開く。誰か来たのだろうか、と思って扉を見ると、そこにいたのは少し――なかなか派手な格好をした青年だった。
 黒いハットの下は薄い灰色がかった黄色みの髪、焼いたのか地黒なのか、褐色の肌。白にライムイエローの柄入りの開襟シャツに焦げ茶のパンツ。足元は茶色のロングブーツだ。耳元には大ぶりなリングピアス。
 この施設は国のものだと思われる、要は固い場所だ。だというのに、訪れた青年の見た目は街中で遊び回っていてもおかしくない格好で、この施設に興味があるようには見えない。不審に思いながらも、青年は受付のひとに手を振っている。受付のひとも、それを受けて頭を下げる。

「陽向くん、今日も来たのかい」
「へへ。来ないと落ち着かない的な?」
「そうかい。気をつけてね」

 どうやら、彼はしょっちゅう来るひとらしく、受付のひとも一言二言話すだけで顔パスだ。オフィスのあるだろう改札を抜けていく彼に、俺はぽかんと見送るだけだ。不思議に思いながら彼を見送ると、改札の向こう側で白衣の人物と彼がすれ違う。何やら会話して離れていく二人を見て、どういう関係なんだろうと思っていると、その白衣の人物は改札を抜けてこちらに歩いてくる。どうやら担当者のようだ。
 その人物は俺に近寄ると、人当たりのいい笑顔を浮かべて、今日担当するものです、と告げてくる。俺は名前と所属を名乗る。彼は小脇に抱えていたバインダーで名前を確認している。確認を終えると、ついてくるように言う。彼に続いて改札口を潜り抜け、エレベーターホールに向かう。エレベーターに乗り込むと、四階に向かう。この建物、地上は四階建てなんだ。
 静かに上昇するエレベーターは、すぐに目的階に着く。彼に続いておりた俺は、その階には扉がいくつかあるだけなことに気がつく。広いフロアなのに、扉が少ない。一室ずつが大きいのだろう。そのうちの一室に案内される。
 そこに広がっていたのは、だだっ広い空間だった。入り口の近くに長机がおいてあるだけで、特に何もない空間だった。強いて言えば、部屋の隅に最初の検査で見た装置が置かれているくらいだ。たしかあの検査は、部屋の隅に火災報知器みたいな小さな楕円形の装置がついている部屋で、ひたすらルームランナーで走らされたやつだ。人によってはすぐにダウンしてしまうやつもいたけど、あれもなんだったんだろう。

「それじゃあ、これ、持ってみて」
「あ、はい」

 以前の検査内容を不思議に思っていると、白衣の男性から長机にあった黒い箱を渡される。それは手のひらサイズの大きさで、モバイルバッテリーみたいだった。それにしてはコネクターの差し込み口とか見当たらないな、と思っていると、男性はなにやら手にしているバインダーに書き込んでいる。これのなにが検査なのだろうか。
 疑問に疑問を重ねながら、箱を触っていた俺に、男性はもう良いよ、と箱を返却するように告げる。言われるがままに箱を返却すると、次はその箱より少し厚みのある箱を渡される。そのはこを握ってみると、箱はどういう構造をしているのか、瞬きをする間に姿を変えていく。大容量のモバイルバッテリーみたいな感じだった箱は、あっという間に拳銃のような形になる。

「……え?」
「ああ、無事に起動できたんだね」
「え、えっと、これって……」
「見ての通り拳銃だ。安心して、人間には実害がない弾丸が込められているから」
「は、はぁ……」

 人間には実害がない弾丸と言われても、ずっしりとした重さの拳銃を突然握らされている俺としては、どう反応していいのかがわからない。最初は血液検査とか、ランニングでの身体測定って感じだったのに、急によくわからなくなってきたぞ、この検査。
 何が何だか分からない俺をよそに、白衣の男性はなにやら壁のスイッチを操作する。そうして天井や床から出てきたのは、視覚や丸い形をした板だった。それはレールに繋がれていて、前後左右に動くようになっていた。男性が壁のスイッチを操作すると、滑らかに板が前後左右に動き出したから間違いない。

「じゃあ、それでこの板を撃ってみて」
「え、え?」
「はい、スタート」
「ちょ、ちょっと待ってください!?」
「実戦では待ってもらえないからね」

 疑問は検査終了後に聞くから、今は指示通りに動いてね。
 そういった男性は、本当に聞くつもりがないらしい。手元のバインダーに何やら書き込みを始めた彼に、内心で舌打ちをしながら、俺はええい、と拳銃を構える。震える指先で引き金を引く。存外に軽い引き金を引くと、反動が腕に伝わる。不思議なことに薬莢が排出されない拳銃から放たれた銃弾は、正方形の板の右上を掠める。
 全弾打ち尽くしていいよ、と言った男性は、ちら、と俺が拳銃を撃つ様子を確認してはバインダーに目を落としている。なんなんだ、と叫び出したい気持ちを銃弾にこめながら、前後左右に移動している目標物に向かって引き金を引き続ける。正円の左側に命中したり、縦長の長方形の真ん中に命中したり、横長の三角形の端っこに銃弾を掠めたりしながら銃弾を打ち尽くす。
 がちがち、と引き金を引いても何も出なくなったことを確認した俺は、そろ、と男性を見る。なんだか妙に体が重たい気がするが、きっと初めて握った拳銃を打ち尽くしたからだろう。人を殺すことができる武器。そんなもの、普通に生きているから触ったことがない。いくら弾丸は人を傷つけないと言われたって、そんなこと信じられないし、信じようがない。そんなことを考えていると、男性が俺に声をかけてくる。

「うん。問題なく動作するね」
「はあ……」
「ところで、気分はどうだい? 体が重たいとか、吐き気がするとか、そういう症状はあるかな」
「いや、ちょっと腕がしんどいっていうか……動悸もするっていうか……」
「うんうん、そのぐらいの不調だね」

 これは問題なさそうだな。
 そう呟く彼に、俺はこれは何の検査なのか、と口を開くよりも早く、彼は踵を返して扉を開ける。次の検査に移動しようか、と彼に案内されるがまま、俺も部屋を出る。それは置いていってね、と言われたから、拳銃を長机に置いた。手から離した瞬間、それは元の大容量のモバイルバッテリーみたいな形に戻ってしまっていた。一体全体、どういう技術なのやら。
 なにもかもが怪しく見えるが、大人しく着いていくしかできることはないので、俺は男の後をついていくことにした。

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