アスレチックモンスター【ハマにょ左現代パロ】

 左馬刻は気怠い体を起こす。朝も早い――とは、少し言い難いが、子どもたちが学校に行く時間はそれなりに早い時間だ。隣で寝ていたはずの銃兎も理鶯もおらず、彼女は大きなあくびを一つこぼしながら、早起きだな、とぼやく。ベッドから降りて、床に散らばっていた下着を身につけると、タバコを咥えて火をつける。どうにも、ヘビースモーカーの彼女は、朝起きてからのニコチンがないと体が動かないのだ。
 適当にクローゼットを開けると、気に入っているうちの一着のアロハシャツを羽織り、デニムのショートパンツを履く。火貂退紅が率いる――彼らはH歴といわれる、こちらとは違う世界の記憶を持っている、世間からはみ出ざるを得なかった荒くれどもが集う、火貂マルチサービス(表向きは警察と提携し、特殊清掃と警備業務で優秀な成績をあげている会社だが、一つ皮を剥けばヤクザのときと同じ業務も行っている会社だ)の副社長である左馬刻は、今日は休みである。仕事であれば、パンツスタイルのスーツを着ていることが多い彼女も、休みの日は好きな格好をしている。堅苦しい格好が嫌いな彼女らしく、休みの日は胸も脚も出した格好が多い。
 火貂マルチサービスは、荒くれヤクザどもだけではなく、軍人上がりの理鶯や、彼の同僚たちも勤めている。事務仕事や、営業を行う職以外の実働部隊のほとんどがパラレルワールドの記憶がある。それは、理鶯の同僚たちも同様だった。アメリカをはじめとした、各国の軍では落ち着けなかった彼らのうちの何人かが所属しているのだ。軍人やヤクザがいるのだから、警備はもちろん、汚れ仕事で右に出る会社はそうそうないのだ。
 ……閑話休題。

 タバコを一本吸い終わった左馬刻は、寝室を後にする。リビングダイニングに向かえば、そこにいたのは理鶯と銃兎、そして二人の間にもうけた子どもたちだった。

「ママ、おはよ」
「お母さま、おはようですわ! 今日の朝ごはん、パパのフレンチトーストですわ!」
「おー、はよ」
「左馬刻、今日はフレンチトーストだ。ホイップクリームはいるだろうか」
「朝からホイップしてんのかよ……ちょっと乗せてくれ」

 ジャケットオフの銃兎の隣に座った左馬刻に、銃兎は空のマグカップを差し出す。あ、とガラの悪い返事をした彼女に、銃兎はタバコに火をつけながら口を開く。
 
「左馬刻、コーヒー淹れてくれ」
「てめぇで淹れろや」
「お前が淹れたのが一番美味いんだよ」
「……ちっ」
「お父さんとママ、仲良し」
「お父さま、お母さまのコーヒーが大好きですものね」
「ああ、小官が淹れたものでは満足できないようだ」
「いや、理鶯のものも美味しいんですよ? 美味しいんですが、やっぱり左馬刻のものとはちょっと違うと言いますか」
「いや、構わない。小官も左馬刻が淹れてくれたコーヒーが一番だと思っている」

 とととりとが、きゃあきゃあと楽しそうに話しているのを聞きながら、銃兎と理鶯の言葉にそーかよ、と左馬刻はむすっとした様子で返事をする。内心では少し浮かれているのだが、どうにも素直に喜びを口に出せないのが左馬刻だ。ついでに自分の分を淹れながら、左馬刻はちら、と時計を見る。

「りと、とと。学校はいいのか」
「あら! いけませんわ、そろそろ降りないと、また美咲ちゃんを待たせちゃいますわ」
「ん。そろそろ行かなきゃ」
「おー、気をつけて行けよ」
「はぁい」

 二人は慌てて椅子から降りる。玄関につながる扉の前に置かれていた、真っ赤なランドセルを背負おうとした二人を止めて、銃兎は二人の口元を拭ってやる。綺麗になりましたよ、と二人の頭を撫でた彼に、子どもたちは元気に返事をして出かけていく。いってきまーす、と元気に玄関を開けて行ったふたりを、理鶯と銃兎が見送る。
 玄関から戻って来た銃兎は、椅子に引っ掛けていたジャケットに袖を通しながら、コーヒーに口をつける。うまい、と言った彼に、当たり前だろ、と返事をする左馬刻。

「俺様が淹れてやったんだぞ。まずいわけがねえだろ」
「はいはい、そうだな。ああ、今日は何もなかったら、いつもの時間ぐらいには帰ってこられますから」
「おー」
「承知した。夕飯もそのぐらいに出来上がるように調整しよう」
「すみません、理鶯」
「いや、構わない。とともりとも、左馬刻も、もちろん小官も一緒に食事を摂りたいと考えているだけだからな」
「俺様は別に……」
「左馬刻?」
「あー、はいはい! しょうがねえから、うさちゃんのために一緒に食べてやるよ」
「ウン、家族は一緒に食事をとった方が幸せだ」

 耳を赤く染めた彼女を見ながら、満足そうに頷く理鶯。そんな二人を見ながら、銃兎は夕飯は今日はカレーですか、と尋ねる。今日は金曜日だから、高確率でカレーであろうと見越してのことだ。ああ、と頷いた理鶯に、左馬刻がキーマカレー食いてぇ、と思い出したように口を開く。彼女のリクエストに、承知した、と返事をした理鶯は、銃兎にそろそろ出発の時間ではないか、と尋ねる。

「ああ、いけません。そろそろ行きます」
「ああ、気をつけて」
「おー、行ってこい」
「ちなみに、二人の今日の予定は?」
「理鶯の山のアスレチック。こないだ、乱数と一郎がバズってるって言ってたから、様子見てくるわ」
「ああ……そういえば、私も同僚が遊びに行ったと言ってましたね」
「皆が運動して健康になれるのなら、小官はいくらでも使ってもらって構わない。だが、多くの人が安全に使うためにも、アスレチックが破損していないかを確認する必要がある。今日はその確認だ」
「そういうことですか」

 理鶯の山――三人が同棲を始めた年に、左馬刻と銃兎が誕生日プレゼントだと贈った山は、パラレルワールドのときと同じで、生態系が混沌としていた。
 その山の、子どもも訪れやすい麓に、子どもと一緒に体を動かすためにアスレチックを理鶯が作ったのだ。大人も体をしっかり使うコースや、子どもが気軽に遊べるコースもあり、また山の麓とはいえ電波状態が不安定であるから、と銃兎が設置させたワイファイスポットのために、山で山菜をとりに来た人が見つけてしまったのだ。
 アスレチックのことは人々の間で噂になり、それがインターネットでも爆発的に話題になったのだ。それをインターネットに強い飴村乱数、山田一郎たちが聞きつけ、左馬刻に報告したのだ。左馬刻としては、他人が気軽に彼女のテリトリーで遊んでいることは気に食わなかったが、理鶯は運動習慣は健康に良いから、と気にしていないようだった。
 銃兎を見送り、理鶯と左馬刻は二人っきりになる。向かい合わせで座り、ホイップクリームが添えられたフレンチトーストに左馬刻がナイフを刺す。たっぷりと染み込んだ卵液が、じゅわり、と切り開いた食パンから溢れ出る。甘さ控えめのホイップクリームと一緒に口に運べば、とろりとした良い味付けが舌先に広がる。

「ん、うめ」
「そうか、口にあったならよかった」
「理鶯の飯がまずかった試しがねえだろ。んで、何時に行くよ」
「貴殿の都合に合わせよう」
「んじゃあ、飯食って洗濯物干してからだな。もう回してるんだろ?」
「承知した。そろそろ脱水が完了する頃合いだ」

 理鶯がそう言えば、遠くからぴー、とアラームが聞こえる。脱水が完了したことを告げるその音を聞いて、干してくる、と理鶯は席を立つ。それをひらひらと片手を振って見送った左馬刻は、残ったフレンチトーストに、ナイフでホイップクリームを塗りたくる。上品ではない食べ方だが、いちいち見栄えを気にしながら食べるより効率的だ。
 ナイフで切り分けながら食べながら、今頃理鶯は洗濯かごいっぱいに服を抱えて、浴室に並べているんだろうなあ、と左馬刻は思う。高層マンションの最高階であることも手伝い、左馬刻たちは洗濯物をベランダで干すことはない。浴室乾燥機を利用することがほとんどだ。乾燥機能付きのドラム式を買ったんだから、それを使えばいいとは銃兎の言葉だが、休みの日ぐらい干したいと思ってしまうのが左馬刻だ。理鶯はどちらでもいいらしいが、だいたい左馬刻がしたいことを優先してくれる。
 ぺろりとフレンチトーストを食べ終えた左馬刻は、そのまま汚れた皿とカトラリーを洗って布巾で拭う。皿とカトラリーを元の場所に片付けて、コーヒーを啜っていると理鶯が戻ってくる。コーヒー飲んだら行くか、と左馬刻が言えば、理鶯はウンと頷くのだった。

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