香辛料とマリネとビールの誕生日

 パトロール中にMADTRIGGERCREWのファンから祝いの言葉と気持ちを受け取り、(プレゼントの類は職業上断った。そもそも、何が入っているか分からないものを、銃兎は受け取るつもりは微塵もないのだけれども)特に何事もなく――多少のいざこざはあったが、それはいつものことなので、何事もないにカウントされた。多少の騒動はありつつも、銃兎は定時を少し回って職場を後にすることができたのだ。
 愛車を走らせようと、シートベルトをつけようとしたとき、見計らったように私用のスマートフォンが震える。左馬刻あたりが面倒ごとでも持ってきたか、と思って顔を顰めてしまう。今日は誕生日なのだ。何事もない一日が最高のプレゼントなんだがな、と思ってスマートフォンのロックを解除する。
 通知が来ていたメッセージアプリを立ち上げると、MADTRIGGERCREWのグループにメッセージが来ていた。理鶯からだった。食事を準備しているから、という内容だった。場所は銃兎の家だったものだから、合鍵を渡しているからって好き勝手しているな、と銃兎は思わず眉を顰める。どうせ、場所の指定をしたのは左馬刻だろう。
 それにしても、理鶯の手料理か、と銃兎は少し悩む。彼の手料理はおいしいのだけれども、いかんせん食材によるのだ。
 まともな食材である保証がなくて、喜びたいけれど所謂ゲテモノ料理を誕生日に食べたくはないな、という思いが彼のスマートフォンを握る手に力を入れさせてしまう。銃兎が返信の文面を考えていると、左馬刻からのメッセージがポップアップする。食材は俺様が選んでやった、という文面に、思わず銃兎は小さくガッツポーズをしてしまう。
 安心しておいしい料理にありつけることに満足をした銃兎は、今から帰る旨を伝える。ついでに、勝手に俺の家を溜まり場にするな、ともう何回書き込んだか、口にしたかも分からないセリフも書き加えておく。
 愛車を自宅に向けて走らせる。いつもよりも少し速度が出ていたような気はするが、それはまあご愛嬌だ。

 ▲▼▲

「帰りました」
「おかえり、銃兎。勝手に家を利用してすまない」
「おー、帰ってきたか。お疲れのうさちゃんのために、俺様が上手い飯理鶯に作ってもらったぜ」
「どうせ左馬刻が私の家に決めたんでしょう。理鶯は悪くありませんよ。あと、左馬刻。作ったのは理鶯なんだから、お前がでかい態度を取るな」
「うっせ。食材は俺様が買ったんだから、俺様が半分作ったようなもんだろ」

 リビングのソファーに腰をかけて、左馬刻はすぱー、とタバコを吸いながらむくれてみせる。銃兎のマンションの一室は、単身者向けにしては広々としたキッチンがある。二口コンロに少し広めのシンクは、理鶯の手によって調理されている食材たちでぎっちぎちだ。コンロはフル稼働で鍋をふたつ温めている。今日が金曜日だというのもあるのだろう。片方の鍋からは香辛料の香りがする。

「カレーですか」
「ああ。今日は金曜日だからな。具材は大きめに切ってある」
「俺様、タコとズッキーニのマリネ作ったぞ」
「あ、左馬刻も作ったんですね」
「るっせ。うさちゃんと違って飯作れるんだワ」

 お前こういう洒落たモン好きだろ。フィルター近くまで吸ったタバコを灰皿に押し付け、左馬刻は手元にあったコーヒーに口をつける。ジャケットを脱いでハンガーにかけた銃兎は、そのまま手袋とネクタイ、カラーバーを外す。カラーバーと手袋をいつもの定位置に片づけ、ネクタイを洗濯機に放り込みに向かう。
 ついでに手を洗って戻ってきた銃兎は、左馬刻が冷蔵庫を開けているのを見つける。理鶯は鍋をそれぞれ確認している。もういいか、と左馬刻は理鶯に確認している。理鶯は、うむ、と頷いてカレー用の深い皿と、スープマグを取り出す。
 左馬刻がタコとズッキーニのマリネをボウルから皿に盛り付け、理鶯が皿に山盛り白米を盛り付け、カレーを上からかける。どろっとしていて、具材は宣言通りごろごろと大きめに切られている。じっくり煮込まれたからだろうか、玉ねぎの存在は見当たらないが、じゃがいもやにんじんと思われる形は角が取れているように見える。
 理鶯から皿を受け取り、銃兎はダイニングテーブルにカレーを並べる。マリネを並べた左馬刻は、もう一度冷蔵庫を開けると、よく冷えていそうなビール缶を三つ取り出す。それは銃兎が自宅で一人酒盛りをする時に飲むものでなければ、三人で安酒を煽る時に買うものでもなかった。少しだけ高い銘柄のそれに、わざわざ買ってきたのか、と銃兎は微笑ましくなる。
 おら、と投げ渡された缶をキャッチして、銃兎はカレーの横にビールを並べる。コンソメスープの中に、よく煮込まれたレタスとトマトが浮かんでいるマグを持って、理鶯がダイニングテーブルに近寄ってくる。食事が揃い、それぞれが席につく。

「銃兎、Happy Birthday」
「おー、オメデト」
「ありがとうございます。もう祝われるような年でもないんですけどね」
「そんなことはないぞ、銃兎。誕生日というものは、何度祝ってもいいものだ。生まれてきてくれたことに感謝をする日なのだからな」
「だってよ、うさちゃん。俺らとつるんでる間は、毎年祝ってやんよ」
「仕方ないですね」

 がちん、とプルタブを空けたビール缶をぶつけあって、銃兎の誕生日を祝う。正面からくる理鶯の祝いの言葉に、少々気恥ずかしさを覚えながら、銃兎はタコのマリネに箸をつける。こりこりとした食感が楽しくて、うまいな、と素直に左馬刻が作ったというそれを褒める。俺様が作ったもんがまずかった試しがあるかよ、と自信たっぷりに左馬刻が言うものだから、理鶯はなかったな、と同意をする。銃兎も意外と料理が上手いですよね、と言ってやる。
 素直に褒められない銃兎の言葉に、左馬刻がもう作ってやらね、と言うが、これもお決まりのやりとりなので、来月に控えている理鶯の誕生日でも、この我儘な王様が何かしら食事を用意するのだろう、と言うことは理鶯も銃兎も理解していた。

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