3日目-昼05

 奇声とともに「が」の音を投げつけようとする男の、ぶよぶよの喉元に手をかけたベルクは、そのままフラッシュ能力を発動させる。あがるはずだった声ごと、声を出す、と言う機能を破壊された男は、目をぱちぱちとさせるばかりだ。フラッシュ能力で生み出された音を投げようとする男の両腕を掴み、ベルクはその腕の骨を分解する。声も上げられずに、麻酔もなしに手首から肘までの骨を砕かれた男は、のけ反る。そして、ベルクの腕を振り払いたいのか、体を右に左に揺らしている。
 ベルクがぱっと、手を離してやると、男はもんどり打って逃げようとする。正気が失われていても、目の前の男には敵わないと言うのがわかったのだろう。逃げようとする男の肥え太った右足を、ちょい、とベルクが突く。ぐにゃり、と男は重心がずれたようにその場に崩れ落ちる。足首の骨を分解されたのだろう。じたばたともがくばかりで、男はちっとも前に進むことができなくなる。その場でごろごろと体を左右に揺らしている男に、ベルクは羽織っているジャケットの内側に手を入れる。胸元から取り出したのは、小さなハンコケースのようなものだった。ベルクは躊躇うことなく男の上にまたがり、それをぶよぶよの首に押しつけ、ハンコケースサイズのそれ背をノックする。
 がちっ、と意外と大きな音を立てたそれを外し、ケースをジャケットの内ポケットに仕舞い込む。先ほどまでもがき暴れていた男は、まるで鎮静剤でも投与されたかのように大人しくなる。

「あら、おやすみなのにそんなものを持ってらっしゃるなんて、仕事熱心だこと」
「うるせえ」
「だって、ねえ、あなた。その針のない鎮静注射器、治安維持部隊の勤務中しか持ち歩けないものじゃない」
「はん。じゃあ、俺は休みじゃねえってことだな」
「あらあら。治安維持部隊はブラック組織なのねえ」
「そうだな、違ぇねえわ」

 一部始終を監視していたであろう防犯カメラに手を振ってやり、ベルクは研究室を後にする。そんな彼にくっついていくミネア。このあとはどうなさるのかしら、と楽しそうについてくる彼女に、庶民のパンケーキなんざお嬢様の口に合わねえよ、と言ってのけるベルク。
 避難していた研究員や職員たちとすれ違いながら、ベルクとミネアは研究所を後にする。エントランスロビーを後にしたベルクとミネアの前に、一台のヘリコプターが停まっていた。ベルクがミネアを見ると、興味が出たわ、とヘリコプターに乗り込む。お嬢様は面倒くせえな、とベルクが舌打ちをする。

「第三区域をバスなんかで行くよりも、ずっと早くて快適よ」
「違いねえな」
「そうでしょう? 目的地はあなたから告げてちょうだい」

 あたくし、商業施設には疎いのよ。そう話すミネアに、口に合わなくても文句言うなよ、とヘリコプターに乗り込んだベルクは、運転手に行き先を告げる。ばたばたばた、と飛び始めたヘリコプターは、そのまま第一区域の空を横切り、第三区域を通り抜けて第四区域に向かう。
 ベルクとミネアが快適で比較的早い空の旅を満喫している間、アランとユウキ、美晴は電車やバスに揺られて第四区域に戻ってきていた。目的地の商業施設にたどり着いた三人は、おいしいと評判のパンケーキが何階にあるのかをフロアマップと睨めっこすることになった。

「ひろすぎじゃない? イオンレイクタウンみたいですよこれ」
「なにそれ」
「日本最大のショッピングモールだっけ。バスが中で走ってる、って聞いたことがあるよ」
「まじで!? やっべー……でも、大丈夫だぜ、にいちゃん! ここはバス走ってねえから!」
「普通のショッピングモールはバス走ってないんだよなぁ」
「でも、ここもなかなか広いよね。プライムツリーもさ」
「でかすぎると、歩くだけで疲れるよなー……あった! えっと、四階の端っこだ!」
「そう考えると、デパートみたいに、フロアごとに展示が決まっているのって、すごい楽なんだね……って、お店ここから真反対の四階かぁ……」
「食前のいい運動、ということで」

 歩こう歩こう、と楽しげに美晴は歩いていく。その後ろをユウキとアランが続いていく。左右にある専門店たちをちらりと見たり、あの服かっこいいね、と話しながら三人は歩いていく。最初にいたフロアの反対側にある大型家電量販店近くを通り過ぎて、四階につながるエスカレーターに乗る。途中の階で、生演奏などが聞こえてくる。どうやら、夏休みに乗じていろいろなイベントごとが行われているらしい。
 四階のフロアにたどり着くと、すぐ目の前に目的のパンケーキ専門店が見える。そして、その前には人が決して立ち寄りません、と言わんばかりに目立つ二人が立っていた。

「うわあ、近寄りたくないなあ」
「あ、派手なねえちゃんも来てんじゃん!」
「め、目立ってる……! めちゃめちゃ目立ってるよベルクさんたち……!」
「ねえ、今からでも遅くないから、先に本屋行かない?」
「賛成です……」
「聞こえてんぞ、てめえら」
「あら、随分と愉快なお友達ができたのね?」
「誰と誰が友達だって?」

 ベルクがミネアを睨め付けるが、どこ吹く風の彼女は何もなかったと言わんばかりに、また会ったわね、とアランとユウキに手を振って挨拶をしてくる。何事もなかったかのように振る舞ってくる彼女に押されて、アランとユウキもさっきぶりですね、と挨拶をしてしまう。美晴ははじめまして、と言いながらも、以前テレビで見ました、としれっと仲良くしている。そんな彼らの様子がつまらないのか、ベルクは舌打ちをしてから、店に入る。怯えている店員に、五人、と手を広げて伝える。
 きゃいきゃいと和やかな雰囲気になっていた四人は、ベルクが先陣を切って店に入っていくのを後ろから追いかける。案内された六人がけの席で、どっかりと一番奥まった席に着くベルク。その向かいに座るアランとユウキ、そしてミネアがベルクの隣に座ると、その向かい側に美晴が座る。スフレパンケーキとコーラフロートを注文するベルクに、写真のパンケーキ大きいから二人で分けようか、と話をするアランとユウキ。僕は見てるだけで、とコーヒーを頼む美晴と、あたくしは隣から一口いただくわ、と同じようにコーヒーを注文するミネア。
 おっかなびっくり、怖々とした様子でウェイトレスが注文を取りに来る。カタギじゃない雰囲気の男がいるからか、全身赤色の女がいるからか――はたまたそのどちらもあるからか、判別につかないが。
 注文を間違えなく復唱したウェイトレスは、そそくさと厨房に戻っていく。それを見送ることもなく、ユウキはベルクにおっさん怪我してねえよな、と尋ねる。それを皮切りに、アランも心配していたと告れば、ベルクは鼻で笑う。そのままアランとユウキの鼻先を指でつまむと、ガキ共に心配されるほど落ちぶれてねー、と悪態をつくのだった。

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