閑話 クリスマススペシャルジャンボサイズパフェ

「もう何が来ても驚きませんよ」
「僕、知ってるよアランくん。そういうのってフラグ、って言うんでしょう?」
「フラグじゃないです! 本当ですって!」

 アランと美晴がそんなやりとりをしている間、ベルクは苛立ち気味に組んだ腕をとんとん、と指先で叩く。クリスマスシーズンだからだろう、街は賑わっている。観光客も住民も入り乱れてマーケットを賑やかに染めている。
 それだけなら問題はないのだが、いかんせん酒が入ると人間という生き物は、理性の箍が容易に外れるものである。凶暴性を増した一般人を引っ捕らえたり、無自覚にフラッシュ能力を使って混乱を招いている人間を大人しくさせたりと、ベルクたちは日々忙しくなる業務に忙殺されていた。年末年始が近づくにつれ、マーケットが赤と緑に彩られるほどに忙しさを増していくものだから、部下たちは疲労困憊だ。いくら交代で休ませているとはいえ、明らかに人員不足。激務で知られる実働部隊に好んで移動届を出す愚か者も少なく、業務量は雪崩をうつようにどばどばと彼らを飲み込み続けている。
 そういうわけで、ベルクの顔は普段の三割り増しで険しく、思わず美晴が笑い出すほどだった。アランにいたっては、ベルクが今から人でも殺しに行くのかと不安がっていたほどだ。そして、そんなストレスマッハなベルクが注文するのは決まって甘いものだった。ストレス解消には甘いもの、なんて女子らしいことをしている、とミネアがけらけらと笑うが、量はいたって女子らしさはない。
 ウェイターが次から次に、質より量と言わんばかりの甘いものを運んでくる。四人がけのテーブルの上には、大量のスイーツが並んでいた。それを見ても、アランはこのぐらいじゃ驚きませんし、と目を泳がせながら呟く。十分に驚いているじゃないか、と美晴はくすくすと笑う。
 綺麗な飾り付けがされたいちごのケーキも、粉砂糖がふりかけられたシュークリームも、ベルクは味わってるのか分からない表情で一息に食べていく。それはもはや、飢えた肉食獣が肉を食い散らかす様子にも見えた。思わずアランは、ライオンの捕食シーン、と呟いてしまい、ベルクの一際眼光鋭い視線に射抜かれてそっぽを向く。美晴がどんどん空になっていく皿を見ながら、糖尿病によくならないねえ、とのほほんと笑いながら空いた皿をテーブルの通路側に並べていく。

「お待たせしました、クリスマスパフェです」
「ん!?」
「ふふ、アランくんったら、驚かないんじゃなかったの?」
「なんか、いつかどこかで見たようなサイズ感のパフェが来ちゃったので、ついびっくりしましたね!」
「あー、たしかに見覚えがあるサイズ感だよねえ、このパフェ」

 立って食べなきゃいけないぐらい大きい器でくるパフェなんて、前にベルクくんが食べていたのを見たっきりだよ。
 のんびりとコーヒーを啜りながら、胸焼けしてきた、と美晴はこぼす。十分に甘いものを食べてませんでした、とアランはドン引きした顔でベルクに疑問をぶつける。

「あ? 食ってねえから食ってんだろ」
「な、なるほど!? いや、でもさっきから、ショートケーキとか、ムースケーキとか、シュークリームにエクレアに色々食べてますよね!?」
「足りねえな」
「足りないんですか!? えっ、オレ、見てるだけで普通に胸焼けしてるんですけど!?」
「うーん、本当になんで病気にならないんだい?」
「ならねえから、ならねえんだろ」
「結果論だねえ」

 ぎょっとした表情でコーヒーを飲むアランと、おかわりもらおうかな、とのんびりしている美晴。テーブルの上に鎮座しているのは、百五十センチぐらいはあろうかと思われる細長いパフェでよく見るデザインのグラス。中にはぎっしりとコーンフレークや生クリーム、カスタードクリームに抹茶のシフォンケーキと思われるものが敷き詰められている。グラスの上から見えるのは、抹茶なのだろうか、緑色のアイスクリームとソフトクリームが段々に積まれている。いちごかベリーか、赤色のソースがかけられて、白い生クリームが美しい。アイスクリームの天辺には、狐色に焼かれた小さな星型のクッキーが鎮座している。たしかに色合いからしてクリスマスパフェだ。その大きさはとてもじゃないが、一人で食べる大きさではないのだけれども。
 クリスマスデザインのパフェですね、と小さく呟いたアランに、うちもクリスマスなデザート出した方がいいのかしら、と美晴は呟く。ジンジャークッキーはあるんだけどさあ、と続ける彼に、ジンジャークッキーおいしいですよね、とアランは心ここに在らずな返事をする。それほどまでに目の前のパフェは異様だった。
 存在感の塊みたいなパフェに、周辺のテーブルからざわめきの声が上がる。それもそうだろう、先ほどまでひっきりなしにウェイターがスイーツを運んでいた席に、とどめとばかりに持ち込んできたのだから。ネットで話題になってそう、とアランがぼやくと、美晴がもう手遅れだろうねえ、とくすくす笑う。そんな二人などお構いなしに、ベルクは立ち上がるとパフェの天辺のクッキーをつかむ。それと同時に彼のスマートフォンがけたたましく鳴り響く。それを見たベルクは、一層人相を悪くする。そんな彼に、年末進行だねえ、と美晴は笑っている。アランは、視線だけで人を殺せそう、と口を噤んでおく。
 スマートフォンに届いたメッセージを確認するために腰を下ろし、つかんでいたクッキーを口の中に放り込むベルク。がりがりとジンジャーブレッドクッキーを咀嚼しながらメッセージを確認していた彼は、素早く画面をスワイプしたりタップしたりする。最後に送信ボタンでも押したのか、画面から目を逸らした彼は、それっきり鳴らないようにスマートフォンの電源を落としてしまう。

「いいの? 電源落としちゃって。緊急の連絡が来るかもしれないんじゃない?」
「上司の休みを潰すくそったれに緊急性なんざねえな」
「ベルクさんの下で働く人たち、大変ですね……」
「あ?」
「なんでもないです!」

 アランが大声で自分の独り言を否定してから、ベルクは再び立ち上がる。派手な色合いのシャツを着た、ひどくガラの悪い二メートル近い大男が立ち上がっているだけで威圧感があるというのに、その前にはデコレーションの極みのようなクリスマス仕様の巨大なパフェがあるものだから、光景のちぐはぐさに脳がバグってしまいそうだ、とアランは思う。それは周辺の人々もそうなのか、ちらちらとベルクとパフェを見比べている。
 スプーン片手にパフェを上から順に口に運んでいくベルクを見ながら、アランはクリスマスパフェって抹茶とベリーなんですね、とずれたことを口にする。そんな呟きに美晴は、いちごソースかもしれないよ、と相槌を入れる。結局、赤色のソースが何味だったのかは、食べているベルクしか知らないことだったし、彼はわざわざ一口よこすなどということはしなければ、味の感想を伝えてくれるわけでもないので、アランも美晴も何味のソースなのかは知る由もなかった。

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