5日目-昼02

 警備局員から解放された三人は、ここだよ、と高層マンションまで案内される。簡単な事情聴取だったとはいえ、すっかり時間が経ってしまって夕暮れも近い。
 初めての事情聴取を終えて、すっかり疲れ切ったアランは、このままホテルに戻りたい気持ちもあった。しかし、今日誘ってくれた美晴が映画を用意したよ、と楽しそうにしているものだから断れなかった。それと――どうしてもベルクか美晴から離れたくなかったのだ。離れたくない、と言えば子どもかよ、とベルクに鼻で笑われそうだが、実際離れたくないのだから仕方がない。
 自分が大穴であったとはいえ、賭けの対象にされていて、あまつさえ命を狙われていると告げられたばかりだ。アランは自分の非力さを知っている。だからこそ、アランより圧倒的な強者であるベルクと美晴の庇護下にいたかったのだ。駅での対応からしても、少なくともアランより荒事に慣れているようだし、なにより二人ともフラッシュの使い方がずっと上手い。
 今日は泊めてください、とアランが真顔で美晴を見上げながら尋ねれば、彼は晩ご飯はピザパーティにするかい、と楽しそうに笑って返事をしてくれる。ベルクはあほらし、と言っているが、美晴がピザパーティまでは参加するかい、と尋ねている。それに対するベルクの返事は、お前の奢りならな、だった。

「うーん、いいよ。僕が誘ったんだしね」
「い、いや! オレもちょっとは出しますよ」
「ふふふ、アランくんにはあとでしっかり支払ってもらうから、お金は大丈夫だよ」
「何で支払わされるんですか!?」
「そりゃあ、ナニ、だろ」
「ウワー!? やめてください!」
「大丈夫だよ。僕、ハジメテの子には優しくするから」
「嘘だー!? ウワー! 美晴さんから聞きたくないワードだ!」
「ふふ、冗談だよ」

 アランくんったら可愛いなあ。ころころと楽しそうに笑う美晴に、アランはすっかり疲れた顔で、冗談に聞こえなかった、と呟く。ゲテモノ喰いに貸し借りなんて作りたくねえな、とベルクは持っていた加糖の缶コーヒーを煽る。ゲテモノ喰いじゃないよ、と笑う美晴に先導されて、三人はタワーマンションのエントランスを抜ける。
 タワーマンションなんてはじめてだ、とアランがおっかなびっくりした様子で周りを見ていると、美晴がここは景色がいいんだよね、とエレベーターを呼び出す。すでに一階に降りていたらしいエレベーターに乗り込み、美晴は中間ぐらいの階のボタンを押す。重力に逆らいながら上昇していくエレベーターの中で、美晴は持っていたスマートフォンを触っている。どうやら、デリバリーのピザ屋アプリを起動しているようだ。

「僕、ここのクーポン持ってるから、ここのピザ屋さんね」
「マルゲリータのLサイズと、ポテトとフライドチキンのセット。あとコーラ一リットル」
「ベルクさん遠慮ないですね……」
「ゲテモノ野郎の金で食わせてもらうのに、遠慮もクソもねえだろ」
「ふふ。遠慮なく頼んでくれると、気分がいいよね。アランくんはどうする?」
「えー……ピザなんてなかなか食べないから、どれにしようかな……」

 適当に画面を一瞥して選んだベルクとは違い、真剣な様子でアランは美晴の手の中にある画面を見る。アランが、肉のピザにするか、チーズ大増量ピザにするか悩んでいるうちに、エレベーターは目的の階に到着する。注文を中断してエレベーターを降りた三人は、美晴の先導で角部屋に上がり込む。
 一応掃除はしたんだよ、という美晴に続いて部屋に上がったベルクとアラン。大型テレビモニターの前にあるフロアソファーの真ん中に、腰をどっかりと下ろしたベルクに、遠慮がない、と呆れつつ、フロアソファーの端の方にアランは腰を下ろす。ベルクくんは清々しいよね、と笑う美晴は、アランにピザ屋アプリのメニュー画面を開いた状態のスマートフォンを見せながら隣に座る。

「僕もチーズ好きだから、増量してるのにしようよ」
「あ、いいですね。二人でなら食べきれますよね」
「アランくんも食べ盛りでしょ。二人で食べるなら、Lサイズだよね。あ、僕はカルビのピザも食べたいから、これもLで頼んじゃおうかな」
「Lサイズのピザが三つも……!?」
「一人一つくらいいけんだろ、ピザ程度」
「そ、そうなんですか? オレ、宅配ピザ食べたことがないから、大きさわからないんですけど……」
「ピザの耳に変更はある?」
「ねえな」
「ピザの耳って変更できるんですか!?」
「アランくん、本当に食べたことがないんだねぇ。じゃあ、チーズのほうはカリカリの耳にしてあげよう」

 ぽちぽちと精算し、注文を済ませる美晴。最短の時間で届くように注文したよ、と報告する彼に礼を言うアラン。じゃあ、届くまでに何か飲むかい、と尋ねる美晴に、コーヒーフロート、と間髪入れずに答えるベルク。本当に遠慮がないな、とジト目でベルクを見ながら、アランはコーヒーがいいです、と言う。コーラもあるよ、と美晴がいえば、ベルクはコーラフロートにしろ、と変更を要求する。アランは少し迷ってから、コーヒーで大丈夫です、と言い切る。苦渋の決断をしました、と言わんばかりのアランの様子に美晴はくすくすと笑う。

「コーラでもいいんだよ?」
「飲みたいんですけど……オレ、結構太りやすくて……! チーズのピザ食べるから、カロリーこれ以上摂取できないんです……!」
「んなもん、すでにカロリーオーバーしてんだから、コーラ程度じゃ変わらねえだろ」
「それは! そうかもですけど!」
「飲んでもいいんじゃないかなぁ。コーラ一杯ぐらいなら、コーラフロートとか、アルコールよりずっとカロリー低いと思うよ?」
「うーん……確かにコーラフロートよりは、そりゃあアイス分のカロリーないですけど……」
「ジョッキにコーラフロート作れや。俺はそれをこいつの前で飲み干してやる」
「あ、いいねいいね。そうしよう」
「ベルクさん、実は鬼か悪魔の生まれ変わりって言われませんか!?」
「よく聞くフレーズだな、それ」

 ビールジョッキに並々と真っ黒な炭酸飲料を注ぐ美晴。にこにこの笑顔で八分目まで注いだ彼は、アイスは自由に乗せていいよ、と業務用の二リットルアイスクリームの容器を冷凍庫から取り出し、ベルクに差し出す。一緒に渡されたカレースプーンで、山盛りバニラアイスを掬った彼は、こんもりと盛り上がるまでアイスクリームをコーラの海に落としていく。
 ジョッキから頭が出るまで乗せられていくバニラアイスに、目の前でカロリー爆弾が生まれていくのをアランは恐ろしい化け物でも見るかのように見つめる。そんな彼をよそに、ベルクはコーラフロート――すっかり山盛りのバニラアイスが乗っかっているコーラにカレースプーンを突き立てる。アイスクリームの山を崩しては、コーラを飲もうとした彼はあることに気がつく。このままジョッキに口をつけると、高い鼻先にバニラアイスがくっつくことだ。

「おい篠崎、ストローよこせ」
「人使いが荒いなあ。あ、チュロスもあったよ」
「ここでさらにカロリーを!?」
「いちいちうるせえやつだな、てめぇは」
「いやいや、もうそれ一日の摂取カロリーオーバーしてませんか!? デブ活はかどりすぎですよ!」
「うるっせぇな。カロリーは全部消費してっから良いんだよ」
「ベルクくんって、本当女の子の敵みたいな存在だよね」
「オレみたいに太りやすい男の敵でもありますよ」
「はっ。勝手にデブになってろ」

 美晴が差し出したストローを受け取り、ベルクはジョッキからコーラを啜る。山盛りのアイスが乗ったビールジョッキに刺さったストローに、アランはなんともちぐはぐな光景だな、と思いながら、砂糖でしっかりコーティングされたチュロスも齧り出して、カロリーをどんどん摂取するベルクから目を逸らした。

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