5日目-昼01

 美晴の自宅の最寄駅は、いかにもな住宅街に面していた。ベルクが車内で連絡を入れていたからか、美晴はのんびりとした様子で改札の前に立っていた。見慣れた丸メガネにゆるいオールバックの髪。同じようにゆるくローポニーに結ばれた髪。服はコーヒーショップの店主をしているときよりもラフな格好だった。オーバーサイズTシャツとサルエルパンツを着こなしている彼に、おしゃれだ、とぼそりとアランは呟く。

「そう? 普段はさ、あんまり堅苦しくない格好ばっかりしてるんだよね」
「そうなんですね。シャツをぴしっと着てるイメージがありました」
「あはは。そうかな? 案外、毎日シャツ着てるのはベルクくんの方だったりして」
「あ?」

 美晴に話を振られたベルクは、不機嫌そうに返事をする。是も否もない返事をした彼に、案外あってるかも、と美晴はくすくす笑っている。ベルクのぴりぴりした雰囲気に、びくびくしているアランからすれば、美晴の態度は大物であるという認識以外何者でもない。にこにこ笑いながら最寄出口はこっちだよ、と案内する美晴は、不意に足を止める。

「今日はなんだか、賑やかな日だね?」
「だな」
「え? なにがです?」
「ふふ、アランくんがもうちょっとで帰っちゃうから、みんな焦ってるのかな」
「どうせそんなとこだろ。どこぞの誰かが一点大穴賭けした上に、それが生き残ってるってなりゃ、潰しにも来るわな」
「え? え?」
「ふふふ。まあ、僕としてはなんだって構わないんだけどね」

 ぱちん、と指を鳴らした美晴の手が光る。大気中の水分を凝縮させ、小さな槍のように尖らせたそれが出口から走っていく。水の槍は出口から駅構内に向かって飛んできた正方形の箱を正面から破壊し、それを投げたであろう本人の右肩に刺さる。真っ二つに分断された箱は、ばち、と火花を散らしたかと思えば、大きな音を立てて爆発する。駅出入口付近に掲示されていたポスターや、左右確認用のミラー、壁のコンクリートを吹き飛ばす。
 驚いた声がそこら中から聞こえてきて、ワンテンポ遅れてアランは事態を理解する。爆発物が駅構内に突如として投げ込まれたということと、それを美晴とベルクは察していたということに。当のベルクと美晴は呑気なもので、のんびりと会話をしている。まるで、今日の天気は晴天で、洗濯物がよく乾きそうだね、とでも言いたげだ。

「いやあ、爆発物を作るフラッシュだったのかな? それとも、ものを爆発するようにセットできるフラッシュだったのかしら」
「どっちだっていいだろ。どっちも変わんねえしよ」
「うーん、それもそっかあ。あー、でも残念だな。こんなに大事になっちゃったら、うちに招待してあげられないや」

 もう警備局の人来ちゃったし。
 今日も快晴だなあ、と言いたげな口調で美晴は、規制線が貼られたり、美晴が爆発物を破壊するついでに攻撃した女を拘束したりしている様子を見ている。今日はうちで映画パーティの予定だったんだけどなあ、と話す美晴に、夜にやったほうが盛り上がるんじゃねえの、とベルクは気のない相槌を打つ。
 そんな呑気な二人と、ざわめく人々の様子をみながら、アランは状況を理解しようと深呼吸をする。とりあえず、目の前で爆発が起きて、犯人は拘束されて、それから、それから――何をされるのだろう。
 無言でパニックになっているのを察したのか、美晴は大丈夫だよ、とアランの肩を優しく叩く。アランが見上げた美晴の表情は穏やかそのものだった。

「ちょっと現場で何がありましたかー、って警備局の人にこれから聞かれるだけだよ。なぁんにも怖いことはないよ」
「そ、そうですかね……!? っていうか、美晴さんもベルクさんも落ち着きすぎじゃないですか!?」
「そうかなあ。うーん、僕はベルクくんから、なんとなーくだけど、話を聞いていたからかも?」
「そうなんですか!? え、オレはなにも聞かされてませんけど!?」
「うーん、これは別にアランくんが知らなくてもいいっていうか……知っていてもどうしようもできないだろうし、っていうか……」
「お前が狙われているって言って、お前が二十四時間てめぇの身を守れるのかって話だよ。どうせ無理だろ」
「え!? ちょ、それ、どういうことです!?」

 はぁー、っと大量の二酸化炭素を含んだため息を吐いたベルクは、苛立たしそうに革靴を履いた爪先で床を叩きながらアランを見下ろす。
 
「お前、面倒臭い女に賭けの対象にされてるんだよ」
「……へ?」
「あんだろ、この島の噂」
「あー……生存権のない旅行者が一週間生き残ったらお金がもらえる、っていうやつですか?」
「覚えてたか。鳥頭だろうから、忘れてるもんだと思ってたぜ」
「失礼な! 覚えてますよ! そのために来てるんですよ!?」
「あ、そうだったんだ」
「そうなんですよ!」

 今知ったよ、とにこにこしている美晴に、思わずアランは今説明した気がします、とげっそりした様子で返事をする。
 そもそも、と口を開いたベルクは、本当に、非常に、大層面倒臭そうに口を開く。

「日本本土も別に殺されないことが保証されているわけじゃねえのに、この島だけ保証されているってのもおかしな話だろうが」
「まあ、たしかに……」
「一週間より短い旅行者や、殺されないことが保証されている旅行者以外のやつらは、全員金持ちの暇つぶしの対象なんだよ。お前が来た週は百人ぐらいが対象だったな」
「そうだねえ。ちなみに、一週間旅行者ってそもそも島の自治組織が販売しているパッケージ旅行を買わないと来られないから、月曜日スタートが決まっているんだよね」
「あ、そうなんですね。だから、どの予約サイトでも月曜日スタートしかなかったんだ……」

 予約を取る時から不思議に思っていたことを、今アランはその理由を知る。
 ぽかんとしているアランをよそに、ベルクはジャケットの内側からタバコのパッケージを引っ張り出す。一本取り出そうとしたところで、美晴にここは禁煙だよ、と嗜められて舌打ちをした。

「暇を持て余してる金持ちどもの、特に自治組織にも口利きができる一部の上位層は、お前みたいなやつらで遊んでいるんだよ。どいつが最後まで生き残るのか、ってな」
「そうらしいんだよねえ。僕は正式な移住者だから、詳しいことは知らないんだけど、たまに凄い金額で依頼が来るんだよね」
「依頼、って……まさか……」
「そうそう、そのまさかだよ」

 青ざめるアランとは逆に、にっこりと笑顔を浮かべる美晴。これだからクソみてえな悪食野郎だよな、とベルクは取り出したタバコのパッケージを、ジャケットの内ポケットにしまい直す。

「借金背負って首が回らない人とか、本土で犯罪をして逃げてきた人たちに、取引を持ちかけてくるんだよ、彼ら」
「うわ……」
「ふふ。たまにね、誰を殺害しても処罰の対象外になる人にも依頼が来る、って聞いたことあるよ」
「……ちょっと気分が悪くなってきました……」
「そうだろうよ。で、てめえは一番の大穴だったんだが、なぁんでか生き延びてやがるから、首も体もにっちもさっちも回らねえやつらから命を狙われてるってわけだ」

 よかったな、お前が殺されそうになる理由がわかっただろ。
 はん、と鼻で笑ったベルクは、近づいてくる警備局員に片手を上げて挨拶をする。警備局員は、状況について詳しく聞きたい、とバインダー片手に三人に声をかけるのだった。

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