オータム・コレクター

 本庄晶は後ろから巣鴨雄大の手元を覗き込んでいた。熱心に水彩画向けの用紙に色鉛筆を走らせている彼は、後ろから覗き込まれていることを知っているだろうが、微塵も振り返る気配を見せない。
 カリカリと線を引いては鉛筆を寝かして塗っていく。なんでもないリビングで、ただ気まぐれにコンビニで買ってきた上に粉砂糖がかかったシュークリームとモンブランをスケッチブックに描き起こしている。普段の巣鴨ならば、一も二もなく喜び勇んでかぶりついているだろうに。

 (たまには使わないと、道具がかわいそうだからね)

 そう言った彼は、いつになく真剣な表情で茶色と焦茶色、橙色の色鉛筆を動かしていた彼は、水が中に入った筆を手に取ると、軽く筆の腹を押す。筆先に水がなじんだのを確認すると、彼は色鉛筆で塗った髪の上に筆を走らせる。筆に含まれていた水で溶けた色が紙の上に薄く広がっていく。
 何度この光景を見ても、晶は面白いと思う。自分が進んで絵を描かないというのもあるが、水彩色鉛筆をこうも巧みに扱う巣鴨の技術に好感を覚える。クリエイティブな趣味はない、という彼だが、趣味らしい趣味のない晶からすれば十分クリエイティブだと思っている。
 水で滲んだ茶色と焦茶色が混ざり合い、多少薄くなった色の上にさらに色鉛筆を重ねていく。水で滲ませる前と雰囲気が変わるのが面白くて、晶はじっ、と見下ろしている。
 白い粉砂糖部分は器用に塗らないでいた彼は、うーん、と一つ伸びをする。鉛筆を缶ケースに戻しながら、ごきごきと肩を回している彼に、もういいのか、と尋ねる。

「もうほとんど書き終わったようなものだしね。ねね、見て見て。おいしそうに描けたと思わない?」
「ああ、甘そうだな」
「へへ、やったね。晶ちゃんはどっちにする?」
「どっちでも構わんが……なら、モンブランで」
「じゃあ、俺シュークリームね!」

 絵もなかなかおいしそうに描けたけど、実物にはかなわないなぁ。
 そんなことを言いながら、でれでれとおいしいを表情筋の全てを使って表す巣鴨。お気に入りのおやつを与えられた子犬のようにうきうきの彼の、鼻先についていた生クリームを女性にしては――外見がガテン系の男性に近しい晶のふしくれだった指先で拭う。
 拭った生クリームを口にしながら、甘いな、と当然の感想をこぼす彼女に、巣鴨は生クリームだもんねえと返事をする。

「てか、ついてるなら教えてくれれば良かったのに」
「教えるより拭った方が早くてな」
「そうかなあ……? それより、モンブランおいしかった?」
「ああ。食べるか?」
「ひとくち!」
「分かった」

 フォークで一口分掬った晶は、そのまま巣鴨の口先にフォークを向ける。そんな彼女に固まった巣鴨だったが、どうした、と尋ねられてしまえば、ええいままよとなるほかない。
 意を決した様子で、巣鴨は晶の差し出すフォークを口にする。モンブランは栗の味と砂糖の甘さが口いっぱいに広がるのだが、それ以外の味がわからない。コンビニスイーツだからそこまで複雑な味ではない、と言われてしまえばそこまでだが、最近のコンビニスイーツは侮れないものがあるから、もっと深い味があるはずである。
 彼の口からフォークを抜き取った晶は、そのまま間接キスになることなど気にすることなくモンブランを口に運んでいる。
 味がわからないほど緊張しているのは巣鴨ばかりで、なんとも言えない気持ちになるが、だからといってそれを詰るのはお門違いである。性格がもたらす差異に過ぎないというのを、晶も巣鴨も理解しているからだ。
 とはいえ、女性の晶のほうが男よりも男らしい振る舞いをするたびに、巣鴨はときめきを覚えてしまうのだけれども。
 ……閑話休題。

「晶ちゃんってさあ」
「どうした」
「さらっとカッコいいことやるよね……ヴィンスさんもだけどさ……やっぱりモテる人間はそういうのができないといけないのかな……」
「何を言っているのかわからんが……雄大はそのままでいいと思うが」
「俺だってカッコいい男になりたいんだよぉ!」
「……そうか」
「その間はなに!?」
「頑張れ。応援しているぞ」
「ありがとう!」

 頑張ってカッコいい男になるね!
 ふんす、と鼻息荒く意気込んだ巣鴨に、雄大はそのままでいいのだがな、と晶は喉元まで迫り上がった言葉を飲み込むのだった。

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