「おまたせしましたあ」
店員がカートに乗せて運んできたものを、どん、とテーブルに置く。ごゆっくりどうぞー、とやる気のない返事で去っていく店員を他所に、アランは掛けていたメガネが汚れていたのかな、と思わず現実逃避をする。
眼鏡をパーカーの裾で磨いたところで、見えるものは変わらない。相変わらず、テーブルの中央には食品が鎮座している。
肘を机について、顎に手を置いた美晴が、大きいね、とのんびり声を上げる。眼鏡をかけ直したアランはそうですね、と唖然とした声を上げるしかできない。
「常々こいつを食ってみたくてな……」
「ええ……これ絶対ひとりで食べるものじゃないですよ……」
「やらねえが?」
「いりませんけど!?」
ソファーから立ち上がったベルクは、スーツの黒いジャケットをソファーに引っかける。赤地に黒いトライバル柄の入ったシャツ一枚になった彼は、腕まくりをしながら、右手にパフェ用のスブーンを握る。
スプーンを片手におもむろに立ち上がったベルクは、そのまま生クリームをすくい上げる。そう、立ったまま食べ始めたのだ。
「……いや……それにしたってこれはちょっと」
「パフェってさ、立って食べるものだっけ」
「座って食べるものです……それにしたって……」
二メートル近い男の人が、立ってパフェ食べているのって、なんていうか、ちょっと不気味ですね。
引いた様子のアランを、ぎろりと睨め付けるベルク。普通は見ないよね、と笑う美晴も睨むベルク。
アランたちが訪れたのは、第四区域の中でもいっそう賑わっている商業地区だった。大型ショッピングモールの中にある、パフェ専門店に行きてえ、とボヤいたベルクにふたりが付き合った形だ。
SNS映えする、シェア前提のスペシャルビッグサイズストロベリーチョコレートパフェを躊躇いなく注文したベルクに、思わずアランも美晴も目が点になったものだ。二人は写真だけでも胸焼けがするようなそれを見てしまったので、アイスコーヒーを注文した。
到着したパフェは、スペシャルビッグサイズを名乗るだけあって、座ったままでは到底食べようとは思わないほど、背の高い器に盛られていた。
そして、注文した本人は吸い込むようにイチゴとチョコレートで彩られたパフェをがっついていく。それはもう、周辺の客の目を引く光景だった。事実、めちゃくちゃ見られていたし、写真も撮られていた。ベルク本人は気にしていない様子だったが。
「いや、やっぱり不気味ですよね」
「ちょっと怖いよね。ちゃんと味わってる?」
「甘いもんは甘きゃいいんだよ」
長いスプーンを握りしめたベルクは、口の端に着いた生クリームを指先で拭って口に運んだ。そんな彼に、それなら砂糖をそのまま食べてもいいのでは、とアランは思わず考える。そんな彼の考えを見抜いたのか、ベルクは鋭い目線をアランに向ける。
すっ、と目線を逸らして、到着したコーヒーを啜るアラン。そんな二人の様子を見て、美晴はくすくす笑う。
「いや、でも本当に甘いもの好きだね」
「頭が回るからな、糖分は」
「それにしたって食べ過ぎじゃ……」
「あ?」
「甘いのっておいしいですもんね!」
やけくそ気味に同意するアラン。しかし、当のアラン本人は甘いものはあまり食べない。太りやすいからだ。ベルクさんのは見てるだけで十分すぎるぐらいなんですよ、とアランが唇をとがらせて言えば、ベルクは、はん、と鼻で笑うだけだった。
僕は甘いもの苦手だからなあ、と話す美晴。ああでも、と彼は続ける。
「映画を見る時はポップコーン食べるよ。キャラメルのかかったあれが好きだな」
「映画はチュロスだろうが」
「そう? ポップコーンにコーラじゃない?」
「コーラだけは同意してやる」
飲み物だけは同意見を貰えたこと美晴は笑う。でも君ダイエットコーラじゃないやつ飲みそう、と美晴はからからと笑うものだから、ダイエットコーラなんぞコーラじゃねえ、とベルクは口を開く。君はどう思う、と美晴はアランに問いかける。アランは、ゼロカロリーのやつばっかり飲んでます、と答えるものだから、ベルクがあんなモドキのどこがいいんだか、と呆れかえる。
あぐあぐとウエハースをかじっては、コーラフロート――既にバニラアイスはコーラの中に溶け込ませたそれを飲むベルクをよそに、アランは考えてから、映画なんですけど、と口を開く。
「映画はレンタルでしか見ないので……」
映画館で何かを食べながら映画なんて見た記憶ないかも、と笑うアラン。そんな彼に、今度うち来なよ、と美晴は誘う。大きいプロジェクターあるし、ポップコーンとコーラ用意しておくよ、と続いた言葉に、チュロスも用意しろ、とベルクはイチゴをかじりながら付け足す。
「君も来るんだ?」
「コーヒーがうまかったからな。コーヒーフロートも用意しろ」
「ふふ、いいよ。じゃあ、今度映画鑑賞会だね」
「あのー……グロとホラーはちょっと勘弁……」
「ゾンビ映画にしろ」
「いいね。オススメがあるよ」
聞いちゃいねえ、とアランは思わずため息を着く。笑顔の美晴の口から出てきた映画タイトルに、アランはギョッとする。それは、年齢制限のあるグロゴアタイトルだったからだ。
このままだとろくなものが選ばれない。そう理解したアランは、スマートフォンでレンタルできる映画で、ましなものを探し始める。そんな彼に美晴は追撃をかける。
「僕の家、スプラッタ映画しかなくて……」
「美晴さんって、そういうの好きなんですか!? なんか意外……」
「やっぱり、悲鳴の聞こえる映画はいいよね……」
「悲鳴だけならクライムサスペンスでもいいだろうが。趣味が悪ィな」
「ストーリーはそこまで興味がなくてさ。殺される! って思った時の悲鳴が心地いいから……」
「ええ……」
ドン引きするアランに、ストーリーはそこまでじゃなくてもいいから何でも見るよ、と美晴は微笑む。ちまたでクソ映画って言われたやつも見るんですか、とアランが尋ねると、とりあえず見ちゃう、と美晴は子どものように笑う。それから、付け足すように言う。悲鳴が入ってるとリピーターになってるね、と。
ベルクはそこまで映画に興味がないようで、ほーん、とまるで興味のない返事を返している。顔色を少しだけ悪くしたアランがぼそ、とつぶやく。
「オレ、グロゴア苦手なんで……」
「お前はそんなツラしてるよな」
なのでこれにしましょう、とアランがスマホに映して二人に見せたのは、アニメオタクの友人におすすめされていた映画のホームページだった。国民的な人気を誇る、黄色いネズミのアニメキャラクターが渋い声で話すと話題になった作品だった。ガキか、とベルクが吐き捨てると、見たよそれ、と美晴はニコニコ笑顔を浮かべる。
「いいよねえ、その作品。たしか、原作はゲームなんだっけ」
「そうなんですか? オレ、ゲームとか全然やってなくて」
「そうらしいよ。最初の話はダウンロード限定だって聞いたけど、続編は普通にパッケージで売られているのは見たっけな」
「そうなんですね。お金貯まったら買ってみようかな」
「んな黄色いねずみのどこがいいんだか」
「かわいいじゃないですかあ。尻尾とか、このまるっこいところとか」
ホームページの画像を指さしながら、アランが言えば、ベルクは鬱陶しそうに眉をしかめる。丸眼鏡越しにニコニコ笑う美晴は、やっぱり子供の頃から見てる作品っていいよね、と笑う。ですよね、とアランも頷く。ベルクだけがわかんねえな、と首をかしげているのだった。