3日目-昼01

「フラッシュが世界で最初に発現したのは、今から百年ほど前のことです。最初に発言した人物はエイドリアン・バーナード。発現したのは五十代の頃でした。このトランペッター・バーナード島を建設された、レベッカ・バーナードの先祖に当たります。エイドリアンが最初にフラッシュを発現させてから五十年後、二人目のフラッシュ能力を持った人物が生まれます。歴史の教科書にも記載されていますね、笹島隆一郎氏です。氏がフラッシュを発現させたのは六十代の頃でした」

 高校の歴史の教科書に載っている人物たちの名前を聞きながら、アランはなつかしいな、と思う。笹島隆一郎氏は晩年、建設されたばかりのトランペッター・バーナード島に巨額の資金を提供し、死後自分の体を解剖するよう依頼したと聞いた。フラッシュと呼ばれる能力の解明のため――とは言われているが、実際のところ、死んでしまっている人の気持ちなど分かろうはずもない。
 エイドリアンがフラッシュを発現させてから五十年後、笹島隆一郎氏がフラッシュを発現させてからさらに十年が経った頃、世界中でフラッシュ能力が発現されはじめたのだ。第一次フラッシュブームと研究者の間では呼ばれているらしく、壇上の研究者は楽しそうに話している。

「当時、フラッシュと言えばその名の通り、光を生む、けがの修復速度を促進させる程度のものと認識されていました。それが今から四十年前の第一次フラッシュブームで様々なフラッシュが存在するということが判明したのです」
「そうなのか? にいちゃん」
「そうらしいよ。中学の歴史の授業でやってた気がする。エイドリアンは金鉱で暗闇にたいまつもランプもなしで、自身光らせ続けて巨万の富を得たらしいよ」
「すっげー……」

 現在では世界各国でフラッシュの研究が進められていますが、軍事転用も出来る能力が多いために、デモなどで国内での研究が難しい国も多い。そのため、日本近海に人工島を作り、そこをある種の治外法権にすることで各国の才ある研究者たちが日夜世界のために研究をしているという。
 無論、研究資金は自分たちで調達する必要があるため、第四区域のように観光地区も増設されてきた歴史がある。
 そこまで話を聞いて、アランはもしやこの公開講義は、この島でなんらかの地位にある人々や、仕事上聞く必要がある人々のために開かれた物ではないか、と感づく。この建物に来るまでに、チラシの一枚も貼っていなかったのは、おそらくそういうことなのではないだろうか。そうなると、ユウキの両親は研究職かなにかで、うっかりこの話を息子にしてしまったんだろうな、と想像してしまう。入り口の女性は、なにもしらないから一般人が参加するのが嬉しいんだろうな、と予想する。
 なんにせよ、面白いものが聞けるならそれはそれで、とアランは気を取り直す。研究者は言葉を続ける。

「フラッシュの研究が始まったのは、ここ三十年ほどのことです。スポンサー方の思惑は多々あるのでしょうが、我々フラッシュを持たない人間と、フラッシュを顕現させた人間の違いとは何か。そして、フラッシュを他の人間にも発言できないか、そういった研究を行っています」
「現時点では、フラッシュを持つ人間と、そう出ない人間の遺伝子的な差はパーセントでいえばほとんどゼロ。ただし、強い精神的負担があった人間ほど、発生する確率は高い、とされています。このことから、現時点では誰でもフラッシュを発現する可能性はある、ことが分かっており――」
「にいちゃん、眠くなってきた……」
「わかるよ……」

 子どもには難しい言葉が続くのもあるが、なにより淡々と続く話にユウキはすっかり眠気を感じ始めている。大学の講義を受けている時よりも眠いかもしれない、と思いながらアランも必死に起きている節はある。大学と違って、レジュメやプリントの類が配布されず、筆記によって目を覚ませられないのも大きいだろう。内容も、淡々としたもので、小学校のように集中を弾くような話し掛けなどもないために、ユウキはもう撃沈寸前――というか、すでに撃沈している。
 周辺の様子を伺うと、どうやらユウキのように撃沈しかけている面々もいる。大会議室を埋めている人々の格好は、ぴかぴかのスーツだったり、ちょっとくたびれたスーツだったりする。オフィスカジュアル、と言われる部類の人も目立つ。おそらく、フラッシュに関連する部署かなにかに配属されて、必要だからこの講座を受講しているのだろう。そんな様子の人たちだ。何人かは、しっかりとノートにメモを取っていたりするし、ボイスレコーダーと思われるものを取り出して録音をしていたりする。
 右から左に言葉が流れていく、と思いながら、アランは必死に落ちそうになる瞼をこじ開けながら壇上の説明と、その奥に映し出されているプロジェクターのスライドを見る。フラッシュが発現するには、どれだけのストレス値が必要なのかは明確に分かっておらず、また人間以外のフラッシュ所有者も見つかっていない、と書かれている。
 人道上の問題もあるため、フラッシュの研究は難しい、ということだなあとアランが適当に、ざっくりと感想をまとめる。まだ公開講義が始まって一時間。公開講義は二時間ぶっ通しを予定しているため、あと一時間ある。
 アランは、ユウキが電車内で言っていた「フラッシュ研究のまとめ」を自由研究にするんじゃなくて、もっと身近なものを使った自由工作の方がいいよ、と提案しようと考えながら、淡々と話をする研究員を眺めていた。

 ▲▽▲

「おひさしぶりね、ベルク」
「けっ、ウィルバーホースのじゃじゃ馬がなんのようだ」
「あら、そんな風に呼んでくれるのもあなたぐらいだわ」

 ミネア・アイネ・ウィルバーホースは長い赤のツインテールを揺らして治療研究所を歩いていた。廊下に置いてあるベンチに腰を下ろしていたベルクは、眉目秀麗な美女を見ても、けっ、とつまらなさそうに舌を出すばかりだ。しかし、そんなベルクが面白いのか、ミネアはくすくす笑いながら、彼の隣に腰を下ろす。
 相変わらずそんなものばかり飲んでいるのね、とベルクの手に握られているバニラコーラのペットボトルに不機嫌そうな顔をするミネア。甘きゃいいんだよ、と吐き捨てるベルクに、砂糖水でも飲んだらいいんだわ、とミネアは名案だといわんばかりに彼の腕にしなだれかかって言う。筋肉質なベルクの腕に絡みつく、ミネアの細く美しい腕と手を邪魔くさそうに払い除けて、ベルクはどうせならうまいほうがいい、と吐き捨てる。

「あなたって味覚があったのね。甘さも感じないのだと思っていたわ」
「甘いも苦いも大差ねえな。辛さはよくわかるがな」
「辛さは痛みだというものね。……ところで、山崎アランとよく一緒にいるようだけれど、千人に一人の可能性があるのかしら」
「……俺の口からは言えねえな」
「あら、残念」

 百人に一人のさらに千人に一人だったら素敵な買い物だったのに、とミネアはくすくす笑う。勝ちが決まった賭けなんざつまらねえだろ、とベルクが呆れたように言えば、ミネアは分かってないのね、と真っ赤な唇を尖らせる。

「確実に生きることが保障されている人――死亡した場合、殺害者に対してどのような減刑対象でも死罪をその場で与えることができる。そんな子がいたら、たしかに賭けにはならないけれど、周りが知らないのだったら賭けになるわ。あたくしが一人勝ちする賭けにね」
「けっ、相変わらず趣味の悪ィ女だ」
「買い物上手だと言ってちょうだいな」

 ふたりがそんなやりとりをしていると、ミネアがやってきた通路とは別の通路から物音がする。扉を開けて、閉める音だ。
 しかし、ベルクとミネアがいるフロアは治療というよりは研究のためのフロアだった。ベルクは面倒臭いものに巻き込まれそうだ、と予感して一つ舌打ちを打つ。そんなベルクを猫のような目を細めて笑うミネア。退屈が紛れそうでよかったわね、と赤い唇の端を釣り上げる彼女に、楽しいのはあんただけだろうがよ、とベルクはもう一度大きな舌打ちをするのだった。

  • URLをコピーしました!
目次