「今更突き崩せっていうほうが無理なんだって。共存をはかったほうがよほどマシ」

 警察にも種類がある。それはどの職場にもあるだろう、どの派閥に所属しているかの種類だ。とりわけ、この派閥はわかりやすく官僚の派閥とは違って、俺たちの場合はヤクザ組織に与しているかどうかだ。警察がそんなことをしていいのか、って言う声もあるだろう。だけれど、このヤクザ組織は警察よりもよほど官僚然としているのだ。
 うっすらと派閥ができはじめたのは十二年程前のことだった。一人の男がマル暴や公安の中で観察対象になったことだ。当時二十二歳の若い男だった。むっすりとした無表情に淡い色のサングラスをかけて、軽く脱色でもしているのか、灰色がかった髪の男・九条敬司だった。関東にある桐嶺会という、それなりに大きな指定暴力団の実働組員の男だった。まあ、当時は上が効率よく扱ってる、体の良い男だろうと思われていた。痕跡がない処理をする男だと思われていた。
 当時のコメントには、命令だけで動いている感じだとか、筋肉で出世できるのも限度があるだとか言われていた。それほど重要視されていない、まあありふれた男だった。そのはずだったんだ。
 それから二年ぐらいしただろうか。桐嶺会の不穏分子と目されていた幹部や古参が表舞台から姿を消し始めたのだ。外部組織とつながっていると言われた幹部が、突然組内での立場を失って処理されたこともあった。九条を暗殺しようとしていた派閥が自滅するなどといったこともあった。八年ぐらい前だったか、港で大きな騒動もあった。表向きは桐嶺防衛の港湾警備増強プロジェクトだったが、実態は幹部三人と敵対勢力の連携ルートを破壊した夜だ。あれには参ったな。ほうぼう手を尽くしても、不審なところが何もなかった。
 そっから二年……だから、今から六年前か。その頃には組全体が異様な空気だった。桐嶺が静かすぎるようになったころだ。マル暴や公安の現場ではにわかに騒がれたが……まあ、現場がそうだって言ったところで、幹部様連中には響かんもんだ。あいつらは「たまたま今が落ち着いているだけだ」の一点張りだったよ。その頃には現場はわりと桐嶺会のほうをみていた。なにせ、無能とも言える幹部連中たちがどうのこうのいうよりも、桐嶺会に情報を渡した方がよほどスムーズに仕事が終わるのだ。おそるおそる彼らに接触して、情報を渡した裏切り者がそう答えたときは誰もが驚いたものだ。彼らは正当な対価として、こちらに報酬も支払ってくれたと聞いたら、もうあとは雪崩を打ったように皆が雪崩れていった。
 そもそもが上層部に良い感情を抱いていなかった奴らだ。桐嶺会――九条敬司の異常性を誰もが指摘をしても、たまたま、偶然、の一言で片付けるようなやつらに、誰が尻尾振ってついて行くのかという話だ。まあ、俺も今ではすっかり桐嶺会によくしてもらっている。部下を無用に怪我をさせたくはないしな。

 ここ五年ぐらいは関西の方で【猫】って呼ばれていた女を拾ったらしいな。死因の特定が難しく、ろくな証拠も残さない。そんなやつだ。時々、年に一回ぐらい思い出したように美術品みたいな殺し方をするやつらしい。共通点は証拠がない殺人ができるやつだ。依頼したやつ曰く、黒い服の小さい女が窓口、ということしか分かってない。そこは、まあ九条が抑えているらしいから、まあどうにかなっているんだろう。
 同じぐらいの時期だったはずだ。九条が三十ぐらいのときに、異例の若さで若頭補佐になったのは。その頃にはもうすっかり桐嶺会の不穏分子とされていた幹部や幹部候補の姿はなくなっていた。ほとんどが若頭補佐の九条に敬意と信頼、忠誠心を抱いているように見えた。末恐ろしいことだよ。三次団体の末端のやつらまでがそうなんだからな。
 俺は仕事柄、桐嶺会の偉いやつらと話をすることもあるが、彼らはこぞって九条を褒めている。面倒なことはあいつが全部処理をしてくれるから、俺たちは楽が出来る、と。
 ようは九条は桐嶺会の幹部連中たちがやりたかった、膿を排出しきることをやっただけだったのだろう。それが上手にいっちまったから、九条は幹部連中たちから覚えが良いし、あのポジションをあたえられたんだろうな。
 上層部のやつらや、桐嶺会についてない数少ないやつらはあいつらを勘違いしている。思想統一の徹底だとか、恐怖支配だとかいっているが、実際のところは「九条の奥方が嫌がる空気を作るな」とか「奥方が悲しそうな顔をしているからやめとけ」とか、そういう説得でわりとコロっとうまいこと運んでいるんだよな……なんなら、俺も「姫様に見られても恥ずかしくない髪型」を研究している新人どもに、ワックスの相談されたりしたしな……
 
 だから、俺や桐嶺会に友好的なやつらは今日も情報を奴らに流すのだ。桐嶺会をどうにかして切り崩そうと頑張っている上層部の作戦予定やら、内通者のリスト、監視カメラの設置場所とか監視ルートの更新情報とか。酒の場だと、存外盛り上がるのが幹部会議での発言だ。
 情報を渡せば、桐嶺会は仕事を減らしてくれる。なんなら向こうが切りたい四次団体や五次団体の情報をくれる。向こうは組織の浄化ができて、こっちは点数を稼ぐことが出来る。Win-Winとも言える関係だ。
 でもまあ……ちょっと問題があるのは、流石に桐嶺会のフロント企業でもある、桐嶺防衛のロゴのはいった卓上のカレンダーは署内で使えないんだよな……ってぐらいか。家では普通に使ってるけどな……

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