【R18】夫婦だから、見せられる顔。

 女性にしても華奢な体躯をしている美鶴は、どこもかしこも細い。首も腕も、足も胴体もなにもかもが細くて薄い。内臓が入っているのか不安になる細さの彼女は、今は大好きな夫である、仁科貴臣と入浴中だった。
 夫である仁科は美鶴とは対をなすように、恵まれた体格だった。首も腕も胴も足も、何もかもが発達した筋肉で覆われている。肩幅なんて美鶴ふたり分はあるのではないだろうか。ボリュームのある筋肉には、無駄な脂肪はほとんど乗っていない。美鶴の少しだけふにふにとした身体とは異なり、仁科の体はどこもかしこもぎっちりと骨と筋肉で構成されていた。
 規格外の体格に合わせて、規格外の力を出してしまう仁科だったが、基本的には物静かで大人しい性格だ。動作は静かで丁寧、食事の時はカトラリーが皿とぶつかる音も立てないし、咀嚼音もほとんどしない。歩くときは靴音さえたてないほどだ。そんな彼は丁寧で非常に優しい力加減で、美鶴の艶やかな黒髪を洗っていた。
 
「痛いところや、かゆいところはありませんか」
「ううん、ありません。貴臣さんのシャンプー、すごく気持ちよくて、眠くなっちゃいそう」
「入浴中に眠るのは失神しているのと同義です。大変危険です」
「うん、知ってる」

 ヒートショック現象を起こさないよう、調整された浴室内。胡座をかいた仁科の足の間に収まっている美鶴は、優しく丁寧に髪と地肌を洗われながら目を細める。ふふふーん、と鼻歌を小さく歌いはじめた美鶴に、仁科は無表情の奥の目をすこし細める。しっかり頭皮のマッサージをしながら洗った仁科は、目を閉じてください、と美鶴に言う。はぁい、と返事をして目を閉じた美鶴を確認してから、仁科はシャワーヘッドをとりあげる。
 手でシャワーから出る湯の温度を確認してから、美鶴の頭皮にゆっくりと温水をかけていく。シャワーから出る細かい湯が、静かにシャンプーの泡を洗い流していく。洗い残しがないように、仁科は太い指で美鶴の頭皮を優しく触る。シャワーの湯と仁科の指先がこすれるのが気持ちいいのか、美鶴はふふふ、と鼻歌を歌うのをやめて笑ってしまう。
 
「やっぱり貴臣さんのシャンプー、気持ちいいな……」
「そうですか」
「ね、わたしも貴臣さんの髪の毛、洗ってみたいな」
「……構いませんが」

 仁科が少しだけ考えてから肯定を返すと、嬉しそうに美鶴は振り返る。察知していた仁科はシャワーヘッドの向きを変えて、彼女の顔にお湯が直接かからないようにする。嬉しそうに頬を上気させている彼女は、ぺた、と仁科の逞しい大胸筋に手を添えて首を傾げて尋ねる。

「本当?」
「はい。ですが、お身体を冷やさないように、湯船に体が浸かっている状態であることが条件です」
「ええ? それじゃあ、洗いにくいよ……」
「では、またの機会に、ということになりますね」
「むぅ……」

 唇を尖らせた美鶴は、のそのそと仁科の胸から手を離して、彼に背を向ける。そのままシャンプーをしっかりと洗い流し、仁科は美鶴のためだけに作られたトリートメントに手を伸ばす。ふわりと優しい花の香りが少しばかり漂うそれを、仁科は無骨な手のひらに伸ばす。美鶴の肩甲骨まである髪の中ほどから毛先にかけて丁寧に塗っていく。シャンプーブラシも使って、トリートメントの偏りがないように手入れをする仁科の目は真剣そのものだ。
 トリートメントを馴染ませている間に、仁科は美鶴用に調合されたボディソープに手を伸ばす。ボディソープを手に伸ばしながら、仁科は前面はご自身で洗われますか、と尋ねる。その言葉に、耳も頬も赤くしながら美鶴は答える。
 
「貴臣さんに洗って欲しい、って言ったら、どうする?」
「……洗いますが」
「ふえ……! えっと……んん……」
「嫌でしたら、背面のみにしますが」
「んん……! 前と、えっと、おまたは自分で洗うから……背中と……えっと、腕と足は……洗って欲しいかも……」
「かしこまりました」

 背後からでもわかるほど、かわいそうなほどに真っ赤に染まった美鶴の耳も顔も気が付かないふりをして、仁科はボディソープを伸ばした両手のひらで彼女の体を撫でる。敏感な肌を持つ美鶴には、スポンジやタオルは過剰な刺激になってしまうので、こうして手で洗うのだ。
 仁科の人一倍大きな片手で握れば、彼の指先同士がついてしまいそうなほど細い美鶴の腕をとり、脇と肩から指先にかけてボディソープを滑らしていく。ほっそりとした白魚のような指先と、桜貝のような綺麗で小さな爪の先も、指の股も丁寧に磨く。
 ふふ、とくすぐったそうに笑う美鶴に、無表情が標準装備である仁科の口元がわずかに――数ミリほどゆるむ。洗っていた美鶴の左手を、仁科が自分の左手で軽く握ってやると、美鶴はぺったり、と仁科の発達した大胸筋に背中を預ける。そのまま彼女は、自由な自分の右手を仁科の左手に添える。
 
「えっちな触り方はだめです」
「そのように触っていませんが」
「……本当に?」
「ええ。誓ってそのように触れていません」
「じゃあ、許します」
「ありがとうございます」

 仁科はつないだままの左手をそのままに、右手で美鶴の右腕に触れる。脇から肩、肩から指先にかけて滑るように洗っていけば、ふふふ、と美鶴はくすぐったそうに笑う。うっかり仁科の指の関節が、美鶴の細やかな胸の膨らみに触れてしまったが、それに気がついていたのは仁科だけだった。
 足を洗いたい旨を伝えれば、美鶴は仁科の左手を開放する。彼女も自分の胸から腹、股関節にかけて洗いはじめたので、仁科も静かに彼女の足に触れる。仁科の筋肉で膨らんだ、まるで巨木のような足とは全く違う、美鶴の鹿のようにすらりとした足を、宝物を扱うように彼は丁寧に触れる。ほっそりとした、細い骨と最低限の筋肉と少しの脂肪がついている足に、強力な握力と暴力をまとった防衛ために発達したと言えるような指先が触れるだけで、仁科はこの体に傷を一つもつけたくない、と新たに思う。
 仁科が五歳の時、生まれたばかりの美鶴と引き合わされてから、彼はずっと美鶴しか見ていなかった。護衛としてそばにいられたのなら、それ以上は望まないと思っていた。だと言うのに、歳を重ねるごとに美しくなる彼女から恋も愛も与えられて、あまつさえこうして裸体を洗う許可まで与えられている。それが少しおかしくて、そしてとても嬉しくて、仁科はそっと目を閉じる。
 両足を洗ってくれた仁科が静かに待っているものだと思っていた美鶴は、体の前面を洗ったことを伝えようと振り返る。その瞬間、仁科は目を開いて、振り返った彼女を片手でそっと抱きしめる。なによりも安心する仁科のずっしりとした重さのある腕に収まった美鶴は、ぱちくりと目を瞬かせる。
 
「貴臣さん?」
「いえ……なんでもありません」
「えへへ……んふふ。貴臣さんからぎゅ、ってしてくれるの、わたし、すごく嬉しいな……」
「そうですか」
「ん、本当」

 ちゅっ、ちゅっ、と仁科の顔に触れるだけの軽いキスを落とした美鶴に、仁科は体とトリートメントを流します、と伝える。はぁい、と美鶴は目を閉じて、頭頂部から流れるお湯を受け入れる。仁科の太く逞しい指先で梳かされて、お湯で綺麗に洗い流された髪は、たっぷりの水分を含んで美鶴の白すぎる肌に張り付いて目に毒だ。
 仁科は美鶴の髪を軽く――ごくごく軽い力で触れると、水を絞る。ふわふわの吸水率のいいタオルで彼女の髪をまとめると、彼はシャワーヘッドを元の位置に戻す。
 
「お身体が冷えます」
「そんなことないよ。お風呂場はあったかいもの」
「油断は大敵です。お身体とトリートメントを洗い流しましたので、入浴してください」
「……貴臣さんは?」
「私も身体と頭皮を洗い終え次第、入浴します」
「じゃあ、お風呂に入って待ってる」
 
 一緒にお風呂入りたいから、のぼせる前に洗い終わって?
 そう微笑む美鶴はもそもそと浴槽に入る。それを見ながら、仁科ははい、と肯定の返事を返して、シャワーヘッドを手に取る。体を濡らして、ボディソープを手に取る。スポンジで軽く泡立てて、体を滑らせる。
 筋肉の山の上を軽く滑らせて隅々まで洗っていると、湯船に浸かっていた美鶴がおおきいねえ、と口を開く。
 
「何が、でしょうか」
「貴臣さんが。腕も足も、からだも……全部おっきくって……テディベアみたいでかわいいなあって」
「恐縮です」

 テディベアのようにかわいらしい、とは無縁の外見をしていることを、仁科はよく知っている。しかしながら、美鶴の目には不思議なことに、二メートル近い大男――それも高密度の筋肉が、がっしりとした太い骨に張り付いている、まさしく筋肉だるまと言われるような男が可愛く見えるらしい。ことあるごとに、肩甲骨のあたりがかわいい、とか言うのだ。ちなみに、彼女が最近かわいいと発言したのは、仁科がスパーリング中に裂けてしまったトレーニングウェアから覗く肩周りの筋肉についてだった。

 ……閑話休題。
 仁科はボディソープとトリートメントを流し終えると、立ち上がって失礼してもいいか美鶴に尋ねる。どうぞ、と浴槽のふちに詰めた美鶴に礼を言い、彼は湯船に身を沈める。
 百九十ある身長と、百キロもの体重が湯船に沈むと、ざぱん、と湯が大量に溢れ出る。スキンケア部門が開発した入浴剤をいれた湯が溢れる波で、美鶴は思わず目をつむってしまう。ぷるぷると顔を振って湯をはねた彼女に、仁科は失礼しました、と謝罪をする。
 
「ううん、平気」
「それならいいのですが」
「貴臣さん、とっても大きいから、お湯、たくさん溢れちゃうね」
「そうですね」

 ふにゃふにゃとした表情のまま、美鶴は仁科の足の上にまたがる。それに気がついていた仁科は、彼女が湯船の中で滑らないように両手で支える。すりすりと足をまたいで近寄ってきた彼女は、ちょこんと仁科の胸元に収まる。
 そのまま、じっと彼の顔を見ていたかと思うと、ちゃぽ、と湯を揺らして手を伸ばす。伸ばされた手は仁科の顎に触れて、少しだけ伸びた彼のひげを触っていた。美鶴の湯でふやけた指先が顎をくすぐるのを、仁科は黙って受け入れる。
 
「ちょっとだけじょり、ってする」
「そうですか」
「なんか不思議な感じ。貴臣さんって、お肌もつるつるしてるのに、一緒にお風呂に入ると、顎だけじょりじょりするの」
「そうですか」
「ね、貴臣さんはおひげ、伸ばさないの?」

 美鶴は不思議に思ったことを口にする。思えば、仁科はずっとひげを伸ばしていなかったはずだ。彼女が義務教育期間のときも、高校生や大学生になったときも、彼の顔に印象的なものはなかったはずだ。
 仁科はなんてことはないように口を開く。彼にとって、ひげを生やさない理由は別に秘匿するものではないからだ。
 
「ひげは個性が出過ぎてしまいます。個性のある特徴は、情報の記憶率を上昇させます」
「あ……そっか。貴臣さんたちは護衛もしてくれるもんね」
「はい。警備部門の職員は全員、職務中に個性を出すものの所有は禁じています」
「だから、香水の匂いもしないんだ」
「はい。香水、ひげ、アクセサリ類、頭髪の長さや色も規定があります」

 そうだったんだねえ、と美鶴は今更ながら理解する。そういわれると、彼女の周囲や家族を守る警備部門のスタッフたちは没個性的だ。しかし、それは影で守るために必要なことなのだろう。うんうん、と頷いた美鶴に対して、それもありますが、と仁科は口を開く。

「楓様に指導されましたので」
「おばあさまが?」
「無装飾の美を体現するように、と。私が凶器であるならば、まとうものは過剰であってはならない、と」
「おばあさまらしいなあ……」
 
 祖母・楓の指導であれば、それはきっと美鶴のそばに立つものとしての教育だったのだろう。一護衛である仁科が、美鶴よりも目立ちすぎてはいけない。ただでさえ仁科は背が高く、体格も素晴らしく恵まれているのだから、ひげを生やせば似合うだろうが威厳が出過ぎてしまう。それを危惧してのことだろう。
 美鶴と仁科が並んだときのバランスを見据えての指導に、さすがだなあと美鶴は感心する。
 
「美鶴様がひげを伸ばすべきだというのなら、そうしますが」
「んー……おひげのある貴臣さんも、ちょっと見たいけど……ちくちくしない貴臣さんが好きだから、今のままがいいな」
「承知しました」
 
 仁科の顎から手を離した美鶴は、彼の肩に手を乗せる。日に少し焼けた肌も、お湯に濡れてつややかだ。ハリのある筋肉を撫でてから、美鶴は少しだけ伸びをする。それを受けて、仁科が顔を美鶴の方に近づける。仁科の濡れた手が、美鶴の頭部を覆うタオルごと触れる。それと同時に、二人の唇が触れ合う。
 美鶴としては軽く触れるだけのもので十分だった(そもそも彼女は随分とウブな側面もあるため、触れるだけのキスでも心臓はバクバクしてしまうのだ)のだが、仁科はそうでもなかったらしい。仁科はお湯から両手を出していたらしく、大きな両手でそうっと美鶴の小さな頭を支えていた。彼はそのつもりはないのだろうけれど、人一倍大きな仁科の手では、美鶴の耳ごと覆ってしまっていた。
 耳を塞がれ、仁科の分厚い舌が美鶴の口にそろりと入ってくる。びっくりしてしまった美鶴は、ぎゅ、と強く目を閉じてしまう。はずみで縮こまった美鶴の小さな舌を、仁科の舌が絡め取ってくる。耳を塞がれて、舌が絡まる水音が美鶴の耳で響く。時々――本当にごく時々、月に一度あるかないかぐらいの、深い口付けはまだ美鶴には難易度が高い。
 基本的にキスのような接触深度が深いものは、美鶴の心の準備ができた時にしてくれるのが仁科なのだけれども、どうやら今回はそうでもなかったのか、彼が珍しく美鶴の求めているものを読み違えたのかもしれない。それか、仁科が美鶴を求めてのことだったのか――なんにせよ、美鶴は突然の深い口付けに混乱していた。
 ぺちゃ、と美鶴の肩に添えていた手が、がお湯ごと仁科の大胸筋の位置までずれた音で、仁科は唇を解放する。解放された美鶴は顔を赤く染めて、どきどきした、と小さく呟く。
 
「失礼しました。興奮しておりました」
「ううん……えっと、嬉しいかったから……でも、ちょっとどきどきしちゃった……」
「お顔が赤くなっています。湯あたりを起こしているかもしれません」
 
 湯あたりじゃなくて、と美鶴は言おうとしたけれど、これ以上一緒に入浴を続けていたら、どきどきしすぎて本当に倒れてしまうかもれない。そう思った美鶴は、そうかも、と消えるほど小さく返事をする。
 
「先に、上がるね……?」
「はい。必ず水分を補給してください」
「うん……! わかってるよ……!」
 
 ゆっくりと湯船から出た美鶴は、浴室を後にする。扉の向こうからバスタオルで水を拭う衣擦れの音が聞こえてきてから、仁科は普段の彼ならばしないだろう崩れた姿勢になる。臀部を滑らせて足をたためるだけたたみ、口元まで湯に浸かった彼は、無骨な手で湯をすくうと顔にばしゃんとかける。
 
「性急すぎたな……」
 
 浴室に一人残された仁科は、さきほどの自分の行動を反省する。美鶴に求められたから、と言い訳をしてキスをしたまではよかった。直前に見えた彼女の目がうるんでいて、頬も上気していた。だから、思わず興奮してしまった。下腹部への血流が増えるのを意識しながら、つい口づけを深めてしまったのは仁科だった。
 恋に恋をしているような、まだ初夜のこともしっかり考えられていないだろう美鶴だ。彼女の中では仁科貴臣は、やさしくて、おおきくて、テディベアのように甘えられる存在だ。さきほどの反応を見れば、性行為など、きっと彼女の中では考えてはいないだろう。それに思い至って、仁科はますます自分の先ほどの口付けが性急だったと反省する。
 
「……私もまだ、世間的には男盛りなんだがな……」

 仁科は浴槽から立ち上がる。股間を一瞥すれば、人一倍、一回りぐらい長さも太さもあるご立派な息子は興奮していた。美鶴の体を洗ったこと、彼女は意図していない扇状的な表情、それだけでいくらでも欲は吐き出せそうだった。血管が浮き出ている、反り立つというよりは突き出すような角度を保持している肉棒は、早く欲望を吐き出したいと言わんばかりだ。
 仁科はため息をつくと、自分の右手でそれを握る。力を入れて擦りあげるそれは、ただの処理だ。ふたりだけの生活を送るまでは、週に二度ほど処理をすればよかったこの行為も、ふたりで暮らすようになってからは、頻度が二倍に増えた。ふとした瞬間の美鶴の表情や仕草がかわいらしくて、理性の檻に本能を閉じ込めていなければ、獣欲を彼女にぶつけていただろう回数は、早々に数えるのをやめるほどだった。特殊合金よりも硬く、粘性の高いジェルよりも柔軟な仁科の理性を試すように、美鶴は一緒に入浴をしたがるし、恥ずかしがるわりに体を洗って欲しいと頼んでくる。
 ただでさえ、一緒のベッドで眠る状況なのだ。彼女が求めることはなんであれ叶えたいと仁科は思っているが、そのために自分の理性がどこまで試されていくのだろうか、と不安にならないわけではない。
 仁科とて人間だ。人類最強だとか、人間の可能性の限界だとか、一人で一個中隊程度の戦闘力を有しているとか言われたって、たかだか三十一年しか生きていない男だ。好きな女と一緒にいれば機嫌はいいし、好きな女と風呂に入れば人並みに興奮するし、好きな女に共寝を求められたら興奮して眠れなくなったって当然だ。元から戦闘状態に切り変われるよう、眠りはごく浅い男だが、それはそうとして好きな女といれば、どんなに強い男だってただの男に成り下がるものなのだ。
 しゅっ、しゅっ、と獣欲の塊を何度か擦っていると、睾丸がせり上がってくる。平均より大きめだろうそれが、内部の欲を吐き出そうとしているのを察知して、仁科は擦り上げる速度をあげる。そろそろ吐き出す、というところで、がらっ、と浴室の扉が開かれる。そこにいたのは、当然ながら美鶴だった。なにせ、この家は美鶴と仁科のふたりしか住んでいないのだ。
 ふわふわでもこもこしたベビーピンクのうさみみがついた寝巻きを着た彼女は、気まずそうに仁科を見ていた。
 
「え……っと……その、遅いから、もしかして、倒れてるのかな、って……思って……」
「……大変申し訳ございません。心配をおかけしてしまいました」
「い、いいの。うん……えっと、その……」

 美鶴は顔をこれ以上ないぐらい真っ赤にして、仁科の顔と彼が握っている肉棒を見比べている。まじまじと勃起した男性器を見るのは(おそらく)はじめてらしく、美鶴の目には困惑と興味がないまぜになった目をしている。ちらちら、と仁科の分身に向けられる目に、仁科はドン引きされることを覚悟の上で、触ってみますか、と口を開いてみる。
 
「え……えっ!?」
「なんでもありません。忘れてください」
「え、えっ、触って……いいの……?」
「……はい。触っていただいて、かまいませんが……」
「じゃあ……お邪魔します……?」
 
 お互いに妙な緊張感を抱きながら向かい合う。もふもふのルームスリッパから、バスシューズに履き替えた美鶴は、ちょこんとしゃがむと恐る恐る仁科の分身に手を伸ばす。つん、と触れた陰茎はしっかりとした弾力で美鶴の指先を跳ねかえす。赤みがかった皮膚をぴんとはって勃起しているそれは、威風堂々という言葉がしっくりくると美鶴は思ってしまった。
 
「思ったより、硬いんだね……」
「通常時はもう少し柔らかいです」
「そうなの……?」
「はい」
「ねえ……握ってみてもいい……?」
 
 触れたことで興味がますます湧いたのか、美鶴にしては大胆な発言をする。仁科は一瞬目を見開いてから、かまいませんが、と頷く。美鶴はさきほど触れた右手で、そっと勃起した陰茎を握る。小さな美鶴の手では、とてもじゃないが片手では肉の茎に手が回りきらない。美鶴は少し身体を乗り出して、両手で茎に触れてみる。それでも肉の茎に手は回りきらなくて、おっきいね……と美鶴は感嘆のため息を吐く。
 好きな女に触れられて興奮しない男などいるわけもなく、仁科は思わず喉を鳴らす。興奮している愚息は、いつもよりも力強く立ち上がっているようにすら見えるものだから、仁科はさすがにこれ以上はまずいと判断する。興奮が滲まないように気をつけながら、満足しましたか、と尋ねる彼に、うん、と美鶴は頷く。しかし、手は離れない。
 
「あのね……貴臣さん……」
「はい」
「その、これこすってた、よね……?」
「……はい」
 
 先ほどまでしていた自慰行為について尋ねられ、仁科は思わず言い淀む。一瞬目線を逸らした仁科だったが、美鶴は気にせずに言葉を続ける。
 
「あの……その、それ、わたしがしてあげたら、だめ、かな……」
「はい?」
「え、えっとその……わたしたち、その、結婚、したんだし……その、えっちなことも、その……するようになるから……その……」
 
 練習っていうか、その、えっと……。
 もごもごと美鶴は口を動かすが、耳から首までかわいそうなぐらいに真っ赤になる顔と、どんどん小さくなっていく言葉。それを聞いた仁科はハンマーで頭をカチ割られたような衝撃を覚える。今、この人は何を言ったんだ、と。
 結婚したから、性行為をするだろうから、という言葉の衝撃を飲み込んで仁科は、美鶴は美鶴なりに、ふたりでの行為について考えていたのだ、とわかり、嬉しくなる。
 
「そういうことでしたら、構いません。汚れる可能性がありますので、衣類は脱いだ方がいいかと」
「わ、わかった。うん……脱いで、くるね」
 
 美鶴はバスシューズを片付けがてら脱衣所に戻ると、そそくさとパジャマと下着を脱ぐ。先ほどまでと同じ裸体になると、そそくさと仁科の隣にぺたんと腰を下ろす。
 軽く包み込むような手つきで、仁科の逞しい肉棒に両手を添える。こう、と仁科の様子を伺いながら、本当に軽く触れるような力加減で擦ってくれる。全くもって性的に興奮を促すような刺激はないが、好きな人が性器に触れているだけで胸がいっぱいになるようだった。しかし、これでは欲望を吐き出せないので、自分の右手を美鶴の小さな手の上に添える。
 痛かったら申し訳ありません。そう前置きしてから、仁科は美鶴の手の上から力を入れて自分の茎を擦り上げる。仁科の大きく分厚い手と、熱を持ち脈打つ棒にはさまれた美鶴は、そんなに強くしていいの、と驚いたように尋ねる。
 
「はい。問題ありません」
「ふえ……なんか、どくどくしてる……」
「美鶴様」
「なぁに?」
「手を、汚しても構いませんか」
「? いいけど……」
「ありがとうございます。失礼します……!」
 
 仁科は男らしい顔に、普段は浮かべない興奮と欲望の色を浮かばせる。それを見た美鶴は、思わず喉を鳴らす。どきどきと興奮ではやる鼓動に、これは貴臣さんがかっこいいから、と無理矢理理由をつける。
 強く握られた手はちょっと痛いけれど、仁科がいつになく興奮しているだけで美鶴は満足だった。いつもの、どこまでも優しくてテディベアのように安心できる仁科はもちろん大好きだが、美鶴の手を使って自慰行為をする彼に、ちゃんと美鶴で興奮しているのだと伝えてくれているようで、彼女も興奮した。
 ふーっ、ふーっ、と荒い息を吐いた彼は、ばきばきにしっかりと割れた腹筋をひくつかせる。少しだけ遅れて、美鶴の小さな手は仁科の手に握られたまま、ポンプが何かを押し出すように脈打つ陰茎の振動を感じる。あ、と思うよりも早く、びゅくびゅくと白い粘り気の強い熱い液体が迸る。仁科の屹立していたものは、何度か粘るそれを吐き出したかと思うと、満足したのか少しだけ小さくなる。それでも、十分すぎるぐらいに大きいのだけれども。
 くったりした陰茎から美鶴の手ごと仁科は手を離すと、汚れていない左手で蛇口を捻る。冷たい水が勢いよく出てきて、吐き出した精液を排水口に押し流す。美鶴と仁科の手に飛び散った飛沫も洗い流すと、彼は一度水を止めて湯船に洗面器をいれるとお湯をすくう。仁科は美鶴用のボディソープを泡立てると彼女の手を洗う。
 
「汚してしまい、申し訳ありません」
「だ、いじょうぶだよ。うん……ちょっとびっくりしちゃったけど」
「今後はこのようなことがないよう、注意します」
「えっと……その……貴臣さんは嫌かもしれないんだけど……」
 
 わたし、またやってもいいかな、って思ったよ。
 仁科に手を洗われたまま、美鶴はぽつりと呟く。顔を真っ赤にしているが、仁科を見つめる目に嫌悪感は微塵もなかった。彼女の手を洗っていた仁科は、その言葉に驚いて洗う手をとめてしまう。
 美鶴は洗面器の中でボディソープの泡を落とすと、驚いている貴臣さんもかわいい、と笑いながら彼の頬に触れる。そのまま仁科の足にまたがった彼女は、仁科の太くて逞しい首に、細くて白い腕を回して抱きつく。
 
「あのね、貴臣さん」
「はい」
「わたしたち、結婚したんだから、そういうことも、していいんだよ」
「……はい」
「あ、で、でも今すぐはちょっと、その……! わたしが心の準備ができていないっていうか……!」
「ふふ、承知しております」
「あ! 笑った! 貴臣さん、わたしのこと、ちょっとバカにしてる!?」
「しておりません。とても可愛らしいと思っただけです」
「本当? バカにしてない?」
「誓ってしておりません」
 
 抱きついた美鶴を抱きしめ返しながら、仁科は湯を浴びたらもう出ます、と形のいい彼女の耳に吹き込む。早く出てきてね、と美鶴はくすぐったそうに笑いながら彼から離れる。
 脱衣所に戻って行った美鶴を見送り、仁科はシャワーヘッドを手に取り、コックを捻る。お湯を浴びるのではなく、冷水が出るまで待つ。冷たい水に完全に切り替わってから、仁科は水を頭から浴びる。汚れた下腹部はもちろん徹底して洗ったが、頭を物理的に冷やし始める。
 今回は美鶴が嫌がることがなかったからいいものの、と内省を仁科がしていると、ふわみつうさみみパジャマに着替えた美鶴がひょっこりと扉を開けて見にくる。冷たい飛沫がちょっとだけかかった彼女は、貴臣さんお湯浴びるって言ってたじゃない、と彼女にしては珍しく大きな声を出す。
 
「風邪ひいちゃうよ!」
「問題ありません」
「問題しかないってば! もう! お湯ちゃんと浴びるまで出てきちゃだめ! ほら、お風呂入り直して!」
「……しかし」
「ちゃんとあったまってから出てこないと、今日いっしょに寝ません」
「それは別に構いませんが」
「わたしが寂しいからやだ」
 
 だからちゃんとあったまってきて。珍しく彼女のわがままに振り回されたな、と思いつつ、そんなわがままなお願いを聞いてしまうのも仁科であるので、ちゃんと浴槽に入り直す。それを確認した美鶴は、ちゃんと十数えてから出てきてね、と言ってから脱衣所に繋がる扉を閉める。
 ぱたぱた、という軽い足音が遠のいていくのを聞いてから、仁科はもう一度浴槽を後にする。もう一度冷水シャワーを頭から一度浴びる。そのまま脱衣所に出ると、大きなバスタオルで体を拭き始めるのだった。

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