4日目-昼01

 ホテルからほど近く。異様に水分を蓄えられ、破裂した死体が発見された路地裏近くでは規制線が貼られていて、治安維持のための舞台の職員たちが右に左に忙しく働いていた。彼らはベルクが近寄って来るのを見ると、一度敬礼をする。
 現状を伝えるように促したベルクに、死体は旅行者であることと生存権が保証されていないことが伝えられる。財布などは盗まれていないこと、身元は判明したこと。――そして、死体となった彼は、直前まで立ち寄っていた飲み屋で、偶然意気投合した人物と店を出たことが告げられる。

「人相まではわかっているのか」
「周囲の監視カメラには背後からの映像が映っていました。ご覧になられますか」
「デバイスに転送しとけ。俺は用事があるんでな」
「承知しました」

 ベルクはそれだけを言うと、制服を着た男たちを背に歩き去る。職員たちは変わらず、現場検証に勤しんでいる。
 大通りを歩き、美しい白亜の建物群が立ち並ぶ観光通りに出る。出入りする観光客たちで埋め尽くされているそこを、ベルクは強面の顔とガタイのいい体躯で人混みを割いて歩く。磨かれた革靴でレンガが敷かれた通りを歩いて、シンプルなOPENと書かれた小さな看板が出ている店の前で足を止める。
 他の町並みと同じ白い壁に、一つだけある長方形の窓には、アイボリーのロールカーテンが半分ほど降ろされている。おそらく、白い街で眩しく反射する日差しよけなのだろう。ガラス窓のそばには、小さな観葉植物や、陶器製の小さな動物がいくつか並んでいる。深い紺色で塗られた扉の上部に、花をモチーフにしたらしい四角いステンドグラスがはめられている。路地と路地の隙間にひっそりとあるその店は、一見するとなんの店なのかわからないほどだが、ベルクはためらうことなく扉を開ける。

「いらっしゃい。来るんじゃないかな、って思っていたよ」

 店主である丸メガネの男・美晴がにこやかにベルクを出迎える。ベルクほどではないが、長身の美晴はのんびりとした様子でコーヒーカップを磨いていた手を止めると、今日もコーヒーフロートでいいかい、と尋ねてくる。それに対して、おう、とも、ああ、ともつかない肯定の返事を返したベルクは、適当なバーチェアに腰を下ろす。
 炒ったコーヒー豆を細かくしながら、美晴は今日はアランくんはいないんだね、と笑う。いつも一緒なわけがないだろう、とベルクが眉を顰めれば、それもそうだよね、と美晴はおかしそうに笑う。ととと、とゆっくりと粉となった豆に湯を注いでいる美晴は、だって君ボディガードみたいに彼と一緒にいるんだもの、と言葉をつなげる。

「あ? んなわけねぇだろ」
「そうかな? ふふ、まあ、いいか。君がそうだと言うんだったら、きっとそうなんだろうし、ね」
「気持ち悪ィ野郎だな、変わらず」
「ふふ。そう言われ慣れてないから、なんだかむずがゆいな」
「褒めてねえよ。ディスってんだよ」
「ふふふ! 知ってるよ」

 それで、何の用事なのかな。
 見透かしたように美晴はベルクを見る。薄く微笑みをたたえた表情を崩すことなく、彼は器用にバニラアイスクリームをコーヒーの上に乗せると、はい、とベルクに差し出す。コーヒーフロートを受け取りながら、ベルクは昨日はヤンチャしてたらしいじゃねえか、とアイスクリームをコーヒーの海に沈めながら呟く。

「ヤンチャだなんて、そんな。僕はちょっとお酒を楽しんだだけだよ」
「他人の悲鳴で、だろ」
「ふふふ! そこまで分かっちゃったかぁ。そうそう、やっぱり何事にも鮮度ってのはあるからね。自分だけは大丈夫だろう、って安心しきっている人ほど、恐怖におびえる顔も、声もおいしいんだよね。わかるだろう?」
「わからねえな。俺はグロゴア映画でオナる変態野郎じゃないもんでな」
「そっかあ。意外と君ってストレートな性嗜好なんだね」
「昨日のやつはどこで見繕ってきたんだよ」
「彼かい? 居酒屋で意気投合したんだ。ほら、前に灯台で見せた水の鳥、あるでしょう? あれやるとさぁ、旅行中の人だいたい釣れるからナンパにちょうどよくって」
「そうかい、そうかい」

 そいつぁ、アランのクソガキも見る目がねえな。
 ベルクはけっ、とアイスクリームが溶けたコーヒーだったものを口に運ぶ。あの子、凄く喜んでくれたから嬉しかったなあ、と美晴はにこにこしている。

「それで? どうするんだい? 昨日の怪死事件の容疑者として僕を捕らえるのかい?」
「捕らえたところで、お前は高額納税者だろうが。すぐにシャバに出てくるやつをぶち込むほど、ムショは空いてねえんだよ」
「そっかあ。君は無駄なことはしない主義だと思っていたから、やっぱりそうしてくれるんだねえ」
「ありがたく思っておけよ」
「ふふ、ありがとう。お礼に今日のコーヒーフロートは僕のおごりにさせてくれるかい」
「ずいぶん安い礼だな」
「ええ? ちゃんとしたお礼を用意してないんだよねえ……そうだ」
「断る」
「まだ何も言ってないじゃないか。僕の一晩ってね、君が思っているよりも、それなりに高いんだよ?」
「野郎二人でベッドにシケこんで何が楽しいんだよ」
「それは君が楽しいことを知らないだけだよ」

 案外、僕と一緒に一晩過ごしてみたら、夢中になっちゃうかもしれないよ。
 美晴はカウンターに両肘をつき、組んだ両手の指の上に顎をのせると薄く微笑む。人好きのする笑顔を見せられても、ベルクはけっ、と悪態をつくばかりなのだけれども。

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