「君、今日来たのはそれだけの理由かい?」
「あ?」
「僕が怪死事件を起こしている、っていう確認だけだったのかいってこと」
君のことだから、もっとなにか企んでるのかと思っていたんだけどな。
微笑んでいた顔を少しだけゆがめて、いたずらっ子のような表情にした美晴に、ベルクはどうしてほしい、と悪人顔で笑う。
「どうしてほしい、かあ。このまま見逃してくれるのが一番うれしいかなあ」
「そいつぁいいな。俺たちも仕事がちっとばかし減るしな」
「ふふ、そうでしょ? ね、打ち切りにしてくれる?」
「こっちの条件を飲んだら、考えてやってもいいぜ」
「ふふ、怖いなあ。だって、ベルクくん、ろくでもない条件を突き付けてきそうだもの」
僕が飲める程度の条件にしてくれるかい。
そう笑いながら美晴は言うものだから、ベルクがどうだかな、と返事をするばかりだ。すぅ、と目を細めたベルクはカウンターに肘をついて、美晴を下から睨むようにして口をゆがめる。
「お前、アランのやつに手を出そうとしてるだろ」
「ん-……そこまで分かっちゃってるんだね。そうだよ。だって、信頼してる人に殺される恐怖。そして、そこから来る悲鳴って最高に気持ちいいじゃない。勃起がとまらないよ、正直ね。想像するだけでクるものがあるし」
「それ、やめろつったら、やめられるのか」
「えー……んー……正直辞めたくないんだけどなあ……そうだなあ、理由を聞かせてくれるなら、考えてもいいよ」
君がわざわざそんなことを言うぐらいなんだもの。とっても素敵な話なんでしょ。
人好きのする笑顔を浮かべる美晴に、詳しいことは機密保持にかかわるから口に出せねえ、と前置きをしながらベルクは独り言をいうように口を開く。
あいつが旅行を終えて帰るときに全部わかるぜ、と。
それを聞いた美晴が、不思議そうに首を傾げながら、まるでショートケーキのイチゴだけ後でもらう気分だよ、と不機嫌そうに唇を尖らせる。
「俺だって言えねえことぐらいあんだよ。わかれよ」
「まあ、大人になると色々あるもんねえ。イチゴだけ後でもらうのって好きじゃないんだけど、まあ旅行中の彼には手を出さないでいてあげる」
「そうかい。もっと嫌がるかと思ったんだがな」
「その代わりさぁ、気持ちよく悲鳴を聞かせてくれそうな人を紹介してくれる?」
「あ?」
「怪死事件を見逃す代わりに、アランくんを殺さないってだけじゃ、割に合わないよ。しかも、理由をちゃんと説明してくれないし」
だったら、二人ぐらい僕に都合のいい人間を紹介してトントンってところじゃないの。
ぶうぶうと文句を言う美晴に、お前も隠さねえな、とまずそうにコーヒーフロートをすするベルク。今更隠したって意味がないでしょ、と笑う彼に、ベルクはそりゃそうだが、と同意を示す。
「文句言わねえんだったら、紹介してやらんでもない」
「えー……僕だってなんでも食べる悪食趣味はないんだけどなぁ」
「うるせえ。お前みたいに歪んだ趣味を持ち合わせてねえんだよ、こっちは」
「歪んだ趣味ってひどいなあ。ちょっとだけ特殊な趣味を持ってるって言ってほしいな」
「どの口がちょっとだけ、って言ってんだ? あ?」
「この口だけど?」
けらけらと笑いながら、今から臨時休業にするっていうなら、案内してやらんでもない、とベルクはコーヒーにとけたバニラアイスをスプーンでつつきながら言う。その言葉に、素敵なひとを紹介してくれるんだったらいいよ、と二つ返事で頷く美晴。素敵かどうかは自分で判断してくれ、とベルクは一気にコーヒーだったものを嚥下する。
空になったグラスを差し出したベルクに、それを受け取った美晴はシンクに置く。グラスに水を張った彼は、棚からカギを取り出すと、どこに連れてってくれるのやら、と笑ってカウンターから出てくる。
「へえ、詳細はいらねえタイプか」
「そ。僕、事前の情報がないほうが楽しいタイプなんだよね」
「そうかい。そりゃあ、いい。説明するのも面倒だったんでな。言えねえことが多すぎてな」
「ふふ。よかったねえ、それは。あ、でもこれだけは聞きたいかも」
「あ?」
店を出ると、扉の施錠をする美晴。今日もお休みかい、と隣の店舗のおばあさんに言われた彼は、急に出かけなきゃいけなくなっちゃった、と笑って事実を伏せる。モテる男は大変だねえ、と笑った老婆は、気を付けるんだよ、と美晴に言うとそのまま客商売に戻っていく。
第四区域の中でも中央に向かえば、商業施設のほかに、地域の安全を守る警備組織のオフィスが見えてくる。ちょっときれいなオフィスビル然としたそれを遠目に見ながら、美晴は近寄りたくない場所に来ちゃったなあ、と笑う。
「何言ってんだか。てめえ、先々月ここでひと騒ぎ起こしてんだろ」
「あは。ばれてたかあ」
「あれも今回の怪死事件との関連性を疑われてんだよ」
「ふふ。似たような死に方だったもんね」
「ったく。優秀な人手が減っちまって、こちとら散々だ」
ベルクが文句を言えば、美晴が、だって彼女に見る目がないんだもん、と自分が悪くないように返事をするのだった。