巡る季節の話

 一年が過ぎるのはあっという間で、年々早く回っている気がする。そう美鶴は思っている。
 特に実家を出てきた今年は、あっという間に過ぎるというのが、まさに文字通りだった。めまぐるしく回りすぎて、めまいを起こしそうなほど世間の季節の巡りは早かった。神鳥家の敷地内では、もう少し季節を味わって、ゆっくりと過ごしていたような気がすると美鶴は思っていたが、それはそうとしてめまぐるしい季節の移り変わりは楽しくもあった。特に美鶴が夫・仁科と生活の拠点にした桜崎グランフォレストタワーからほど近くにある桜通り商店街は、季節の移り変わりをわかりやすく示してくれるのもあった。
 春になれば桜祭り、桜が散れば、こどもの日だからと子どもたちへのお祭りがある。六月は梅雨の季節で鬱々してしまいがちだから、と晴れ晴れした気持ちになれるように、とてるてる坊主を作って飾り付けるイベント。七月は当然七夕。八月は納涼。秋めいてきた九月はお月見、と月ごとに何かしらの行事が行われていた。
 十月の終わりには西洋のハロウィーンにかこつけた祭りが行われていた。十一月はサンクスギビングデーにかこつけた収穫祭が行われるらしい。十二月はクリスマスと年末かしら、と美鶴が楽しみにしていると、八百屋の花咲屋から出てきた店主が美鶴さーん、と声を書けてくる。

「ああ、よかった。仁科さんも一緒にいてくれた」
「こんにちは。今日も良いお天気ですね。……どうかされましたか?」
「ああ、いや、なにちょうど今から試食サービス……ってそうじゃなくて」

 ノリで自己突っ込みをしながら、花咲屋の店主・花村が実はねえ、と口を開く。彼曰く、サンクスギビングデーにかこつけた飾りつけをしたいが、まずはハロウィーンの飾りを外さなくてはならない。しかし若い子代表である家族経営の丸吉寿司の跡取り息子がぎっくり腰をしてしまったらしく、若い人手が足りないというのだ。仁科ならば飾り付けを壊すことなく外してくれそうだし、キレイに配置もできそうだと目をつけた商店街からの依頼だった。
 それを聞いた美鶴は、貴臣さんどう、と尋ねてみる。尋ねられた仁科は、別段断る必要もなかったし、美鶴の側を離れても良いのなら手伝いたいと思っていた。美鶴もわずかばかりだが手伝うことで、丸くまとまった話に、花村はよかったあ、と胸をなで下ろす。

「いやいや、丸吉さんとこの大吾くんが動けないって言われたときはびっくりしたけど、仁科さんたちが来るなら百人力だよ。あ、これ今日の試食サービスね」
「ふふ。貴臣さん、すっかり商店街に馴染んじゃった。……あ、これとてもおいしい」
「ありがたいかぎりです。試食のざくろもおいしいです」
「うまいだろ? サラダにしてよし、ジュースにしてよし! 一個どうだい」
「じゃあ、ひとついただこうかな……貴臣さん、これでなにが作れる?」
「そうですね……ざくろとアボカド、キウイのサラダを。明日のデザートには、ざくろのコンポートをご用意します」
「ふふ、たのしみ。じゃあ、ざくろをふたつと……」

 二人が食材を買い、金銭をやりとりする。おつりと食材をエコバッグに詰める仁科をよそに、美鶴はいつ飾り付けを外すのか尋ねる。来週の土日にはずそうっていう話になっていることを聞いて、美鶴は小さな手帳にメモをする。残り少ないマンスリーカレンダーを見ながら、美鶴があっという間に季節が過ぎちゃう、と呟くと、花村も本当にね、と頷く。

「気がついたらもう十一月だよ。はー、もうあと少しで年末かあ」
「本当、あっという間ですね」
「そういや、谷村さんとこの百円ショップ、もうクリスマスの飾り付けにしなきゃいけないって言ってたなあ」
「あら……もう?」
「あそこもフランチャイズだからねえ。上の方の指示には逆らえないだろうしねえ」

 それにしたって、もうクリスマスの飾り付けは早すぎるねえ。そう花村が笑う。クリスマスと平行して年末の飾りも店先に出すんだって言ってたから、百円ショップも楽じゃないねえ、と笑っている。それを聞いた美鶴は、季節感覚がずれちゃいそう、と困ったように微笑む。
 そんなやりとりをしていると、最近商店街の近くに引っ越してきたらしい、日本人とはまた違った顔立ちをした、浅黒い肌の女性が辺りをキョロキョロと見渡している。真新しいエコバッグを胸に抱いておろおろしている姿は、どう見たって困っているようだ。スマートフォンを手におろおろしている彼女は、美鶴と花村のほうにおそるおそる近づいてくる。
 花村が気持ちの良い笑顔を浮かべて彼女に声をかける。

「どうしたんだい? って、あー……えーっと……日本語、わかる……?」
「えと……すこし、わかる……あの、これ、かいたいです……」
「どれどれ……んん……?」

 女性が見せたスマートフォンのメモ画面には、日本語ではない言葉がずらりと並んでいて、花村は困惑する。困ったように美鶴と仁科を見た彼を助けるように、美鶴と仁科も彼女のスマートフォンのメモを見る。美鶴が自分のスマートフォンを取り出し、翻訳アプリ(湊雅と謹製の世界中のだいたいの言葉をほぼ正確に翻訳できる機能をもったアプリ)を起動させる。スマートフォンのカメラでメモを読み取り、外国語を翻訳する。そこに並んでいたのは、きゅうり、トマト、卵、お米……鶏肉などの食材だった。

「ナシゴレン、と、サテ、つくり、ます。インドネシアの料理」
「なるほどね! それじゃあ、きゅうりとトマトに……ほい、これでお会計はこれね」
「こんな、たくさん……! いい、ですか?」
「いいのいいの。またうちで買っていって! ああ、お肉なら大橋さんとこだよ! あそこのでかい兄ちゃんたちいるだろ?」
「ええと……」
「うちのはす向かいの……ほら、あの赤い屋根に肉が並んでるとこ!」
「あります! あそこ、おにく?」
「そうそう。肉ならなんでもあそこで揃うよ」
「あり、がとう。たすかり、ます」

 ぺこぺこと頭を下げて大橋精肉店に向かう彼女を見送りながら、花村はどこかそわそわしている。人情に厚い彼のことだ。彼女が無事にほしいものが購入できるか不安なのだろう。それを見抜いていた仁科と美鶴は、顔を見合わせてから花村を安心させるように言う。

「わたしたちがついて行きますよ」
「おお!? ……ばれたかい?」
「お優しい方ですから。彼女のことが気がかりなのではないか、と」
「はは……ん、まあ、ね。うちの孫の同級生のママさんらしくてねえ。外国からわざわざやってきてくれたんだ」

 ちょっとでも良い思い出作りながら過ごして欲しいじゃないか。そう話す花村に、そうですね、と美鶴は頷く。小さく三人がうなずき合ってから、美鶴と仁科は、そっと大橋精肉店で鶏肉がどのぐらい必要かを頑張って説明している彼女のもとに向かうのだった。

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