5日目-朝

 どんどんどん、と扉を乱暴にノックされる音でアランは目が覚めた。ベッドのヘッドボードにあるデジタル時計は、まだ七時を指し始めたばかりで、朝早くから誰だろう、とアランは考える。だいたい予想がつくような、ついてほしくないような、でもこんな時間から叩き起こしにくる男なんて一人しか思いつかないしなあ、と思いながら、アランは扉を開ける。
 そこにいたのは、派手な赤い柄物のシャツとダークグレーのスラックスを履いて、腕に同じダークグレーのジャケットをひっかけた男だった。ベルクは眉間に皺を寄せたまま、ちっ、と鋭い舌打ちを一つする。

「遅え」
「ベルクさんが早すぎるだけですって……おはようございます、なんなんですか……」
「とっとと支度しろ。飯食ったらクソ悪食野郎の家にいくぞ」
「くそあくじき……?」
「篠崎っつったか。あの悪食クソ野郎の家に行くことになってんだよ」
「美晴さんの家? はあ……いいですけど……」

 きょとん、としながら、アランはなにがどうなって美晴の家に行くことになったのだろう、と思う。思うだけで口にしないのは、目の前の男に尋ねたところで無駄だろうということが分かっているからだ。というか、聞くなという雰囲気がビンビンに伝わってくる。朝食会場に向かうのかな、と思いつつ扉を閉めて、もそもそとアランはパーカーとチノパンに着替える。財布とスマートフォンと鍵を持って部屋を出ると、ベルクは遅え、と本日二度目の舌打ちをする。
 そのまま二人はエレベーターホールに向かう。朝食会場のある階で降りず、一階でおりた辺り、道中で菓子パンでも食べろということなのだろうなあ、とアランは思いながら、フロントに鍵を預ける。ベルクの雰囲気に引きずられるようにしながら外に出ると、勢いよく正面から石が飛んでくる。あわてて交わしたアランだったが、二つ三つと石が飛んでくる。一つの石っころが頭を掠める。ぴっ、と切れて血が少しだけ出る。

「え!? え!?」
「なにしてんだ、さっさと行くぞ」
「行くって言われても、石ぶつけられてるんですけど!?」
「てめぇ、昨日無銭飲食でもしたんじゃねえのか」
「してませんよ! お金はなくても常識はありますから!」
「じゃあ、ツラ構えが気に入らなかったんだろ」
「なんでですか! うわ、またきた!」

 飛んでくるたくさんの石に、思わずアランはフラッシュを発動させる。自分から半径二メートルの間に入った石――それは飛び出した直後の石ばかりだったから、おそらく犯人はホテルの植木に腰をかけている白人男性だろう。突然石が動かなくなったことに驚いている男に、アランは自身が止めた石を動かす。思わず力が入りすぎてしまって――石は飛び出してきた時よりも速い速度で移動する。
 あっ、とアランが思った瞬間には、石はもう男の元に全て飛んでいた。勢いのついた石がごすごす、と当たっていく。いてえ、とうめく男の声。ごん、と鈍い音。小石に埋もれた男は、身動き一つしていない。もしかしたら、ぶつけた石の打ちどころが悪かったのかもしれない。
 さぁっ、と顔色を悪くしたアランをよそに、ベルクは口笛をぴゅう、と吹く。

「やるじゃねえの」
「いや、今のはその、不可抗力ってやつで……!」
「このままとんずらするか」
「ええっ!? きゅ、救急車とか呼んだ方がいいんじゃ、」
「お前、今は人通りがないけどな、すぐに人が来るぞ」

 お前が救急車呼んだら、次は警察に突き出されそうだな。
 けたけたと笑いながら、ありえそうなことを言ってくるベルク。自分でも、この惨状を見ては過剰防衛になることが分かっているアランは、ぐぬぬ、と難しい顔をして少しだけ考える。自分の犯行現場はベルクしか見ていないし、ベルクにもアランにも石が投げつけられていたから、これは正当防衛だと言ってもらえる可能性がある。しかし、自分で救急車や警察を呼ぶ勇気はアランにはなかった。ベルクの発言のせいで。

「わかりました! 美晴さんちに行きましょう!」
「お、太ぇやつだな。ボコボコにしてそのまま放置たぁな」
「オレは被害者です!」
「はいはい。そう言うことにしておいてやるよ」
「事実ですってばぁ!」

 人を食ったように笑うベルクに憤慨しながら、アランは美晴さんちどこなんですか、と問いただす。しらねえ、と返ってきた答えに、じゃあどうやって行くんですか、とアランはがっくりと肩を落とす。

「最寄駅は聞いてるからな。そこまで行けば迎えに来てくれるらしいぞ」
「あ、そうなんですね」
「映画鑑賞するんだとよ」
「うっ、碌でもない映画が待ち受けているやつじゃないですかそれ!」

 美晴さん、意外と趣味悪い映画ばっかり見てるじゃないですか。
 いつぞや喫茶店で話題になった好きな映画を思い出しながら、アランは引き攣った顔をする。あいつなりに基準があるらしいぞ、とベルクが言えば、聞きたくない基準な気がします、と遠い目をするアラン。そんな彼に、ベルクはまああいつは碌でもねえ男だしな、と言うだけだった。

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